境界性パーソナリティ障害を理解する上で、この障害を「自己愛」の観点から考えてみるということは有用でしょう。この場合、境界性パーソナリティ障害は、自己愛が委縮している状態として理解することができます。それに対して、過剰な自信や傲慢さを特徴とする自己愛性パーソナリティ障害は、自己愛が肥大したタイプとして説明されることでしょう。
ハインツ・コフートの提唱した「自己心理学」によれば、人は幼い自己愛が程よく満たされることによって、人格的に成熟していき、現実とバランスのとれた自己愛を獲得していきます。自己愛の発達ライン(系統)は大きく2つあり、一つが「誇大自己」であり、もう一つが「親のイマーゴ(強い影響力を持つ内面的なイメージ)」です。
「誇大自己」とは、自分を神と錯覚したような、最も未熟な自己愛であり、顕示的欲求や万能感を特徴とします。一方、「親のイマーゴ」は、親を神のように絶対視し、畏怖することによって、対象に投影する自己愛です。子どもの自己愛が健全に成長するためには、この両者が程よく満たされ、かつ、徐々に断念させられることが重要になります。ところが、何らかの事情によって、あまりのも早急にくじかれたり、逆に支配されたりすると、自己愛の成熟不全が生じます。その結果、「誇大自己」や「親のイマーゴ」が、いつまでも幅を利かせ続けることになります。
コフート自身は、自己愛性パーソナリティ障害の治療理論として、この理論を生み出しましたが、その後、彼の理論が境界性パーソナリティ障害にも適用できることが分かってきました。但し、両者には大きな違いがあります。自己愛性パーソナリティ障害の人は、誇大自己が肥大しているのが特徴であるのに対し、境界性パーソナリティ障害の人は、親のイマーゴが肥大しているのが特徴である、という点です。
自己愛性パーソナリティ障害の人は、親のイマーゴを押し返すだけの強力な誇大自己を備えていて、滅多に押しつぶされることのない強さを持ちますが、境界性パーソナリティ障害の人は、親のイマーゴが強力であり、誇大自己のパワーが弱々しいものとなります。親のイマーゴの圧力を押しのけるために、何とか誇大自己を膨らませてバランスを取ろうとしますが、ともすると脆弱な誇大自己は、栓の抜けた風船のように萎んでしまいがちです。このように、境界性パーソナリティ障害の人は、膨らませようとしてもすぐに萎みがちな誇大自己と、抱えきれないくらい大きな親のイマーゴを背負っているのです。
その結果、自己愛は非常に不安定な構造を持ち、絶えず努力していないと支えきれなくなってしまいます。自分に対する評価も厳しく、否定的で、罪悪感を抱きやすいです。沈みがちなのを何とか支え、浮上させようとして、誇大自己の顕示的願望や万能感的な欲求を満たしてくれるようなことにのめり込んでくことも起こり得ます。あるいは、親のイマーゴの理想化願望を満たしてくれる存在との関係に救いを求めていくこともあちますが、親のイマーゴは巨大すぐて、現実の存在の方が、期待感を裏切ってしまうのです。
誇大自己と親のイマーゴがバランスよく成熟し、現実と折り合いをつけていくことが、本来の自己を現実化していくことに繋がります。しかし、繰り返しになりますが、境界性パーソナリティ障害の人では、親のイマーゴのネガティブな部分の支配が強すぎます。それによって、自己肯定感が培われていないだけでなく、誇大自己の願望も幼い段階で打ち捨てられてしまいます。
自己心理学的に説明をするならば、うつ状態に陥りやすいのも、親のイマーゴが強すぎて、誇大自己の発達が貧弱なためだと言えます。気分や対人関係の不安定さは、親のイマーゴの支配と、それを跳ね返そうとする誇大自己の万能感や顕示的欲求が、絶えずぜめぎ合っているからなのですが、ともすると、親のイマーゴの方が優勢となって、罪悪感や自己否定感に駆られ、打ちのめされてしまうことに拠ります。
このタイプの人が、親子関係にわだかまりを抱え、親を心の中で求めながら、うまく甘えることができないと感じている人が多いのも、自己心理学的に言えば、発達途中の親のイマーゴから卒業できていないことと関係しているのです。
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Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:岡田尊司著『境界性パーナリティ障害』