以前、当院のブログ「自己愛性パーソナリティ障害ってなんですか?」において自己愛性パーソナリティ障害の主たる特徴を概説させて頂きました。今回はもう一歩踏み込んだ臨床像を挙げていきたいと思います。
強い自尊心の陰にいる弱い自分
自己愛性パーソナリティ障害では、自己が「思い描いている理想の自分」と「何のとりえもない自分」の2つに分裂しています。「思い描いている」のですから、これは偽の自分です。取り柄のない自分は、思い描いている自分とは対照関係ですから、やはりこちらも偽の自分です。一方で、等身大の自分は育っていません。そのため、うまくいっている時は万能感に溢れますが、少しの失敗に過剰に反応して極端に落ち込むという問題が出て来ます。
健全な自己愛が育っていない
自己愛性パーソナリティ障害とは、健全な自己愛がうまく成立しないまま育ち、青年期以降から様々な問題を引き起こす障害でもあります。自己愛には、健全な自己愛と病理的な自己愛があります。健全な自己愛とは、小さい頃に「自分は母親(あるいはその代理的人物)から無条件に愛されている」と感じることで育ちます。「無条件に愛される」とは、母親に大切にされている、受け入れられている、共感してもらっている、という感覚を持てることです。
健全な自己愛があってこそ、その後に挫折や困難に立ち向かうことや、他人を愛することが出来るようになります。ここでいう「愛(愛情)」とは恋愛だけでなく、共感や他者への尊重など、広い概念での愛情を指しています。しかし、抱えている自己愛が健全でないと、自分も他人も愛せません。また失敗や挫折に弱く、壊れてしまいやすい自己を持っています。
人間には、「存在しているだけでいい(being)」と、「何かを達成して得られる自分(doing)」の2つの存在理由があります。両方とも必要ですが、beingが乏しいとdoingだけで生きなくてはなりません。人間を始めとする哺乳類では、子どもは無条件に母親に愛されます。幼い子どもは全面的に母親に依存していますが、「ありがとう」という顔もしません。何故なら、自分がいると首位の人が喜んでいると感じるからです。それがbeingです。自己愛の問題を抱えている人は、この「存在しているだけでいい(being)」という感覚が持てないのです。
自己愛性パーソナリティ障害がある人の母親は、人より早く自立し、人よりも上に立つ人になることを求めたり、母親が達成できなかったことを無意識に子どもに達成させようとするところがあります。子どもは、母親が喜ぶ人間になろうとしてきたのです。
プロセス(過程)<結果、という価値観を持つ
自己愛性パーソナリティ障害は、万能の自分を思い描きながら、実は自分の価値を感じられません。そのため、やりがいや達成感といった目に見えない価値ではなく、外から客観的にわかるような価値観を重視します。例えば、学歴、家柄、容姿、体型、特別な技能、見栄えの良い職業、重要人物との交流…等々です。こういったことをネタに、さりげなく自分が特別な人間であることを人に示したりします。
自己愛の問題があるために、自己不信が根底にあり、他人を信用することが出来ません。他人は常に競争相手なので、仕事上でも、人間関係に問題がでやすくなります。自分の能力を誇示したり、他人を見下したりするので、周囲との軋轢が生じます。職場では「困った人」とされてしまうこともあります。一方で、本人は他人の評価を過度に気にしており、批判されると激しく怒ったり落ち込んだりします。
本人の抱えるつらさ~最初に怒りが現れる
周囲が迷惑していても、本人が「うまくいっている」と感じていれば問題にはなりません。しかし、ひとたび万能感が失われると、強い怒りやうつ状態が現れ、日常生活に支障をきたします。ごく些細なことでも、人から批判されたり、他人から見下されたと感じると、激しく反応し、不釣り合いなほどの激しい怒りを爆発させます。批判されたり、失敗を指摘されるなどの直接的なことだけでなく、「格好悪いと思われた」「面目を失った」といった批判的な雰囲気を過敏に感じ取ります。この激しい怒りの例として、大声を出す、物を壊すなど常識はずれの激しさで怒りまくったり、時に家族に対して暴力をふるったりすることもあります。
そして、怒りの後には、極端にダメな自分になったと感じて落ち込みます。一つがダメだと全部がダメになったと思い詰める傾向があり、この時期にうつ病を疑って医療機関を受診されるケースも少なくありません(但し、従来のうつ病の治療では中々回復しません)。しかし、物事が都合よく進み始めると、再び理想の自己像に立ち返り、うつ自然にうつ状態が解消することもあります。
一方で、うつ状態が長く続いたり、人間関係の対立から居場所を失ったりすると、ダメな自分に落ち込むのを防ぐために、周囲の人との関わりを避けて、引きこもります。因みに、引きこもりの中でも、統合失調症などの明らかな原因がない「社会的引きこもり」の多くは、自己愛性パーソナリティ障害があるのではないかと言われています。引きこもった世界で万能感を取り返そうと、自分なりのルールにこだわったり、家族に高圧的な態度をとったりします。この時に、何かしらの強迫症状が伴うこともあります。
等身大の自分を作っていく大切さ
自己愛性パーソナリティ障害のある人が生きづらいのは、いつも自分が自分以上でないといけないという強迫観念があるからです。「理想的で万能な自分でないと生きる意味などない存在だ」と思い込んでいるのです。理想の自分でもなく、ダメな自分でもない、等身大の自分を作っていく大切さにまず気付きましょう。
人間にはスペシャルとユニークという2つの存在の仕方があります。スペシャルとは、標準と違う、特別な存在であろうとすることです。常に他者を意識して、比較の世界に生きています。一方、ユニークとは、自分が生まれて存在し、同じ人間はおらず、死んだら自分と同じ人間はおらず、死んだら自分と同じ人間はいないという意識です。ユニークの意味をもう一度考えてみましょう。
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Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
参考引用文献:市橋秀夫監修『パーソナリティ障害』(講談社)