境界性パーナリティ障害は、すべてのパーソナリティ障害の中で、最も患者数の多い障害です。およそ3対1の割合で女性に多く、20歳代から30歳代の若い年齢層がピークです。アメリカの研究によると、有病率は人口の1.6%(但し、5.9%という報告もあります)、精神科外来で受診された人の約10%というデータも存在してします。
その根幹にあるのは「自分はいらない人間なのではないか」という「見捨てられ不安」であり、あらゆる症状はそこから発生しています。見捨てられないために依存したり、人を操作したり、問題行動を起こしたりして注目を集めようとします。
多くの人は、リストカットや過食などの自傷行為や、抑うつなどで受診します。気分の移り変わりが激しいことで、双極性障害(躁うつ病)やうつ病などと誤診されていることもあります。
境界性パーソナリティ障害の診断基準は1980年代に定まったもので、最新のDSM-5では大きな変更はありませんでした。DSM-5による診断基準は以下のようになっています。
【境界性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5)】
対人関係、自己像、情動などの不安定性および著しい衝動性の広範な様式で、青年期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる、以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示されます。
① 現実に、または想像の中で、見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力(注:基準⑤は含まない)
② 理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係の様式
③ 同一性の混乱:著明で持続的に不安定な自己像または自己意識
④ 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つ以上の領域にわたるもの(例:浪費、性行為、過食など。基準⑤は含めない)。
⑤ 自殺の行為、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し
⑥ 顕著な気分反応性による感情の不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、強い不快気分、いらだたしさ、または不安)
⑦ 慢性的な空虚感
⑧ 不適切で激しい怒り、または怒りの制御困難(例:しばしばかんしゃくを起こす)
⑨ 一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離状態
そして、精神科・心療内科の外来では、境界性パーソナリティ障害の患者様には主に以下の4つの大きな特徴が見られます。
★「見捨てられ不安」:最も重要な特徴です。見捨てられることに恐怖があり、人間関係も見捨てられ不安を起点として作られています。自己否定の感情が強く、抑うつに結び付きます。
★「自己の分裂」:良い自分と悪い自分に分裂しています。どちらも病んだ自分であり、良い自分が健康とは言えません。他の人に対しても態度が激変します。
★「行動化」:ネガティブな感情から逃げようとして、極端な行動に走ります。見捨てられないように、自分に注目して欲しくて、自傷行為を起こしたり、暴力に及んだりします。
★「対人操作」:人の関心を自分に向けるために、他人を操作します。根拠のない誹謗中傷のうわさを流す、夜中に何度も電話をしてしがみつくなど、様々なことをします。
「見捨てられ不安」が根幹にある
境界性パーソナリティ障害は、様々な問題を引き起こしますが、その根幹には「自分は見捨てられた、いらない子どもだ」という強い思い込み(幻想)が隠れています。
幼い子どもは母親から引き離されれば、強い恐怖をもって母親にしがみつこうとします。幼児にとって母親から見捨てられることは、生存の恐怖そのものだからです。その時の特殊な記憶が、ひとりの大人となる時期(個体分離期)の思春期に再現されるのが境界性パーソナリティ障害の症状です。
一方、親には子ども捨てたという意識がないことが往々にしてあります。親はそれぞれの役割(仕事や家事)を果たしていますが、子どもにとっては「取り付く島がない」という印象になってしまうのです。加えて、境界性パーソナリティ障害がある人の多くの親は情緒的に不安定な性格があるなどで、子どもを肯定する、受け入れる、気持ちを分かってあげるという、育児に必要な「心の栄養」を与えることに失敗してしまうのです。親自身が自閉スペクトラム症や境界性パーソナリティ障害であることも少なくはありません。
このように親に共感する力が弱かったり、忙しくて余裕がなかったりすると、子どもは「十分に愛されていない」「受け入れてもらえない」と感じやすくなってしまいます。そのため、自己肯定感や「だいじょうぶ感」がしっかり育ちません。そして親に見捨てらないように、親が望む「良い子」を演じるようになります。
本人は成長しても、心を支える自己肯定感や「だいじょうぶ感」が乏しい上に、心の奥底では「見捨てられるかもしれない」という幻想ががっちりと根付いています。この幻想は現実を書き換えてしまうほどに強いものであり、自分を守ってくれる人から離れることへの「分離不安」を特に感じやすくなります。思春期以降に「分離」に関係する出来事、例えば大切な人から拒否や否定をされたと感じたとき、約束の時間に相手が遅れたときなど、些細なことで「見捨てられた」恐怖が再現し、破壊的な感情が沸き上がってきてしまうのです。
成長すると、恋愛や仕事など自分の努力だけでは乗り越えられない問題も起こってきます。そうした葛藤に直面したときに、見捨てられ不安が頭をもたげ、激しい感情の嵐がわき起こります。
見捨てられに関連するこの感情を、「穴に吸い込まれる」「落ち込む」と多くの人は表現します。嵐が吹き荒れる時間は30分以内なのですが、頻繁に襲ってくるのので、ずっと続いているかのように感じられます。この襲いかかる負の感情の嵐から逃れようとすることが、極端な行動(問題行動)にも繋がるのです。
見捨てられ不安から、以下の7つの激しい負の感情が同時に、または次々とわき上がってきます。きっかけがあることもあれば、何もないの突然感情の嵐に襲われることもあります。
Ⅰ.憤怒:噴出する激しい怒りです。酷い暴言を吐く、ものを壊す、相手に暴力を加える、自傷する、わめきちらす等。大切な人間関係を壊してしまいます。
Ⅱ.虚無感(むなしさ):空っぽな感じ。怒りの後にも出現しますが、淋しさの後に突然襲ってきます。真っ暗な穴に吸い込まれるような感覚があります。過食、万引き、乱費に繋がることもあります。
Ⅲ.自暴自棄:どうにでもなれという捨て鉢な感情です。危険な運転をしたり行きずりの相手と性的関係を結んだり、暴れたり、わざと人間関係を壊すような行動をすることもあります。
Ⅳ.絶望:もうダメという感情です。すべての道が閉ざされ、何もない、生きる意味も見つからない、全て終わったと感じます。
Ⅴ.よるべのない不安:自分が何なのか、何を望んでいるのか、自分の足で立てない、誰も頼りにならない、何が不安なのか分からない、実態のない自分が漂っているだけという感情です。
Ⅵ.抑うつ:うつ病と同じような気分です。暗く思い気分、晴れやかさがなく、何を見ても楽しくない、興味や関心が向かない、身体が重い、やる気が起こらない、ポジティブな思考ができないなどです。
Ⅶ.孤立無援感:誰も助けに来てくれない、誰にも頼れない、ひとりぼっちとい感情です。
……これら7つの負の感情の嵐から逃げようと、怒りのあまり暴力を振るったり、絶望感や強い不安感からリストカットや大量飲酒などの衝動的な行動をとります。また、よるべのない不安や空虚感は、特定の依存症を招くなど、これらの感情から様々な問題行動が起こります。
この「見捨てられ不安」に関する7つの感情は、精神分析家のマーガレット・マーラーが「黙示録の7人の騎士」になぞらえたものです。愛着行動の研究家ボウルビーが、施設に預けられた子どもを観察した研究があります。子どもははじめは悲しくてシクシク泣き、母親が帰ってこないと分かると激しく泣き、かんしゃくを破裂させるように泣きます。それでも来ないとしゃくりあげるようになり、やがて抑うつ状態になって泣かなくなります。本格的に自分が捨てられたと分かった時には無反応になるのです。黙示録の7人の騎士は、幼い頃に見捨てられた時の感情の再現であり、破壊的な感情なのです。
このコラムを読まれまして、気になる点がありました方や、
興味・関心を抱かれた方は、どうぞ当院まで、
お気軽にお問い合わせください。
当院では、境界性パーソナリティ障害をはじめ、
大人の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症)、
うつ病、躁うつ病(双極性障害)、不安症、
適応障害、ストレス関連疾病、睡眠障害(不眠症)、
パニック症、自律神経失調症、冷え症、摂食障害、
月経前症候群、強迫症、過敏性腸症候群、心身症など、
皆さまの抱えるこころのお悩みに対して、
心身両面からの治療とサポートを行っております。
また当院では、診察と一緒に、専門の心理士(臨床心理士・公認心理師)資格を持ったカウンセラーによるカウンセリング(心理療法)も行っております。カウンセリングをご希望される患者様は、診察時に医師にご相談下さい。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:市橋秀夫監修『パーソナリティ障害』(講談社)