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『精神病者の魂への道』解説総集編②

G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房

 

この書籍は、精神科医療に携わる者なら誰もが知っている、とても有名なものです。

シュヴィングは、1905年に生まれたスイス人の看護師(看護婦)です。

シュヴィング自身の有名な著作はこの一作のみと思われ、精神医学の発展に何か大きな業績を残した人物というわけではありません。

しかしながら、この著作は今なお多くの世界中の精神病者の援助に関わる者に感動を与えています。

 

今回は、『精神病者の魂への道』にみるこころと題した総集編②をお送りいたします。

 

P27/P17 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

P27

訳者注。〔註:日本語訳者による注〕

シュヴィング夫人が患者さんと語り合う場合、Wir(私たち)の語を特殊な意図をもって用いた

 

P17

「私たち(uns)」とか「私たちは(Wir)」とかいう言葉の中に私は意図して病者と私自身とをひっくるめた。病める人間としての彼女と健康な人間としての私とのあいだに垣根をつくらないために、お互いの人間的な連帯性を強調することは、直接援助の手を差しのべる前に、必要なことであった。

 

 

患者さんにとって、治療者はどういう存在であるべきでしょうか。

 

私が医学生の頃、「パターナリズムからの脱却」という授業を受けたのを今でも覚えています。

パターナリズム(paternalism)は父権主義などと訳され、「強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援すること」と意味します。

(Wikipedia パターナリズム の項目より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

特に医療の世界では「治療方針等を医師が一方的に決めること」を指し、かつての悪しき医師の態度を述べる際に用いられます。

例えば、ある患者さんに胃癌が発見された場合、現在では告知されるのは当然のこととされていますが、一昔前までは「患者さんにとってショックなことは、伝えるべきではない」という考えのもと、告知されないことはよくありました。

昔は胃癌の治療率も現在より悪く、「胃癌=死」というイメージがあったため、告知しないのは医師側の患者さんを思う気持ちからではあったのですが、患者さんの知る権利を重視していないという批判は免れない行動でありました。

そのようなパターナリズムは脱却し、患者さんに治療者が協力して、病に立ち向かうべきであると授業で習ったのでした。

 

精神科では、これから一歩進み、SDMという考え方があります。

当HPの「当院の治療姿勢」から引用しますが、Shared Decision Making(SDM)は、共同意思決定と訳され、「患者さんと医師が、価値(Value)、優先順位(Priority)、目標(Goal)、治療の嗜好性(Preference)、責任(Responsibility)を話し合い、共同して(Shared)治療方針を組み立てる(Decision Making)こと」を指します。

患者さんの「こころ」に触れる心療内科、精神科では、その背後にある人生にも関わるため、患者さんお一人お一人が何に価値(Value)、優先順位(Priority)を置き、何を目標(Goal)としていらっしゃるかは重要で、そのうえでどういった方向に治療の嗜好性(Preference)があり、どこに責任(Responsibility)を持つのかを十分に話し合い、それらを通して、共同して(Shared)治療方針を組み立てる(Decision Making)のです。

特に「こころ」は目には見えない存在のため、精神医学は不確実性から本質的に逃れることはできず、また当然ですが「こころ」は他の誰でもない患者さん自身のものであるため、治療の嗜好性(Preference)はより重要性を帯びます。

 

あなうれし

ゆくもかえるも とどもまるも

われはだいしと

ふたりづれなり

 

真言宗の同行二人(どうぎょうににん)の御詠歌です。

真言宗には、お遍路という、四国八十八箇所の真言宗のお寺を巡礼する旅があります。

全長1400㎞にも及ぶ壮大な巡礼で、現代でも真言宗徒に限らず毎年多くの人(10万人以上とのことです)が白装束、笠を身にまとい、杖をつきながら歩かれています。

そのお遍路中、一人で旅していても、実はもう一人そばにいますというのが同行二人で、その方とは真言宗の開祖である空海=弘法大師です。

一人で旅していると、時には苦しかったり、時には寂しかったりする、それでも横にお大師様がついておられるから安心である、という歌なのです。

 

患者さんの人生=旅は、当然ながら患者さん自身しか歩めません。

私たち治療者、援助者も、お大師様とは比べるべくもなく、非力な存在です。

しかし、それでも何か援助できればと思います。

 

P29 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー

 

病人は拘束衣をつけ監禁ベッドの中にいた。ちょっと途切れると、瞬間瞬間が混乱したおしゃべりに逸れてしまうのだったが、しかし私はいつも即座に彼女をひき戻し得た。

 

 

#8でも触れましたが、今回は思路障害について改めて取り上げ、もう少し深く掘り下げたいと思います。

思考(thinking)とは、「考えや思いを巡らせる行動であり、結論を導き出すなど何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動である」とされています。

(Wikipedia 「思考」 の項目より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%9D%E8%80%83

「思路(flow of thought, traion of thought)」とは、まさにこの「過程」を意味します。

 

思考の異常は、まず大きく2つに分かれます。

思考形式の異常と思考内容の異常です。

思路障害は、前者に含まれます。

ちなみに、前者には思路障害以外に思考の体験様式の異常というのもあります(これは、いずれ別項で取り上げられればと思います)。

 

思路障害にはいくつかありますが、代表的なものとして、うつ病でみられやすい「思考制止(思考抑制)」、躁うつ病でみられやすい「観念奔逸」、統合失調症でみられやすい「連合弛緩」「滅裂思考」「思考途絶」、認知症でみられやすい「保続」「迂遠」(「迂遠」はてんかんでもみられやすいです)などがあります。

 

 

・思考制止(思考抑制) inhibition of thinking

うつ病の代表的な症状の1つです。

思考が制止される、つまり考えが浮かばず、堂々巡りして進まない、判断力が低下することを指します。

患者さんの訴えとしては、「読書が好きだったのに、最近本を読んでも頭に入ってこない」「仕事で同僚から何かを言われても、何を言われているのかわからない」「集中力が低下して、何も考えられない」「決断ができない」といったものが多くみられます。

悪化すると、うつ病性昏迷という事態に至ります。

 

・観念奔逸 flight of idea

躁うつ病で特徴的にみられる症状ですが、酩酊状態でもみられます。

これは、観念=考えが奔逸=奔走/逸脱するということで、考えが次から次へと浮かんで、思考に一貫性がなくなっている状態を指します。

そのときの思いつき、連想、その場の出来事などに思考が容易に影響され、思考の定義にもあった「一定の状態に達」することができなくなります。

話したいという強い欲求(談話心迫)も合わさり、多弁になります。

重度のレベルになると観念奔逸性錯乱 confusionとも呼ばれます。

 

・連合弛緩 loosening of association

統合失調症の根幹にかかわる症状です。

オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)という、統合失調症の前身である精神分裂病(ドイツ語:Schizophrenie、英語:Schizophrenia)という用語を生み出した精神科医は、その本質をこの連合弛緩に置きました。

連合とは思考の連合という意味で、「考えのまとまり」ということです。

それが弛緩している、つまり「考えがまとまっていない」ことを指しています。

患者さんの症状としては、”(患者さんの)話を全部聞くと一応何を言いたいのかわかるが、とてもわかりにくく、要領に欠ける”会話を指します。

 

・滅裂思考 incoherence of thought

連合弛緩が悪化したものです。

話のまとまりのなさが強くなり、話を理解しようと一生懸命聞いても、全く何を言いたいのかわからないレベルです。

関連性のない言葉が羅列されることを、言葉のサラダや言語新作といったりします。

 

・保続 perseveration

認知症などでみられやすい症状です。

その他、脳卒中など、特に前頭葉の機能異常で生じます。

1つの考え、言葉が繰り返し生じて、次に進まないものです。

例えば、リンゴを指して「リンゴ」と言うと、みやんやメロンを見ても「リンゴ」と言い続けてしまいます。

 

・迂遠 circumstantiality

認知症、てんかんなどでみられます。

話が回りくどく、理解するのに時間、手間を要します。

枝葉末節にこだわり1つ1つを細かく説明するので、いつまでたっても何を言いたいのかわかりにくい、といったことが生じます。

 

 

エリーの状態は、滅裂思考が該当すると思われます。

そう診断するだけであればある程度経験を積めば容易ですが、難しいのはここからどう通常の思考に引き戻すかです。

程度にもよりますが、滅裂思考がみられる際は患者さんが興奮していることが多く、「落ち着きましょう」などという普通の声かけでは全く変わらないことがあります。

患者さんの会話に神経を集中し、患者さんが真に訴えたいことを見極め、そこに手を差し伸べることでつながるようにはなるのですが、相当の経験値、技術、忍耐、時間が必要です。

シュヴィングは、それを「即座に」達成したというのですから、”魔法使いだったのだろうか?”とすら思ってしまいますが、それは彼女の卓越した能力、そして「陽性な関係(posivitive Beziehung)」(P 29より引用)を築く天性と愛の持ち主であったからでしょう。

 

P32 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー 九日目

 

〔註:エリーの発言〕「・・・(前略)私は今ではR先生の妻です、Rは私の夫なんです。彼はとうとう私と結婚したんです。(後略)・・・」

 

 

残念ながらエリーの発言は事実ではないようですが、このような言動を「恋愛妄想」といいます。

今回は、妄想 delusion について解説していきます。

 

「妄」は、”でたらめ””みだら””みだりに””誤った”と意味があり、仏教語の「もうぞう」が由来だったようです。

妄想は、一般用語としては、「根拠もなくあれこれと想像すること。また、その想像。」(Goo 辞書 より)を指し、特に精神医学上の用語としては「根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念。」(Goo 辞書 より)とあります。

精神科を勉強する際に必ず一度は目にする代表的な教科書の「現代臨床精神医学」(大熊 輝雄著 金原出版株式会社 改訂第11版 2008年、P92)によると、

 

1)病的につくられた誤った(不合理な、あるいは実際にありえない)

思考内容あるいは判断で、

2)根拠が薄弱なのに強く確信され、

3)論理的に説得しても訂正不能なもの

 

とあります。

 

妄想は、一次妄想 primary delusion と 二次妄想 secondary delusion に分けられます。

一次妄想は、「直接的・自生的に発生するもので、心理学的にはそれ以上さかのぼりえず、その発生を了解することができないもの」(P62 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)とあり、真正妄想とも呼ばれます。

「了解」は、カール・ヤスパース(独: Karl Theodor Jaspers)の提唱に由来します。

ヤスパースは、近代精神医学の基礎を作り上げた偉大な精神科医の一人ですが、ヤスパースは人の陳述を「了解可能」または「了解不能」に識別することで、正常と異常を見分けようとしました。

この考え方は、今でも精神医学の根幹となっています。

「了解可能」とは、ある人の陳述を聞いて「当然そうだな」「自分も同じ立場なら、そう思うな」と”理解できる”と思えることを意味します。

逆に、「了解不能」とは、「なぜそう思うのだろう」「なかなか共感しがたいな」と感じ、”理解できない”と思うことを指します。

よって、改めてですが、一次妄想とは「了解不能」のものを指すわけです。

一方で二次妄想とは、妄想様観念とも呼ばれ、「患者の異常体験、感情変調、人格特徴、状況などから妄想の発生や内容が心理学的に了解可能なもの」(P92 現代臨床精神医学 改訂第11版 金原出版株式会社 より)です。

つまり、ある精神症状が種としてあって、それに派生する形で生じる妄想を指します。

 

妄想には様々な種類がありますが、大きくは被害妄想、微小妄想、誇大妄想があります。

今回は被害妄想について取り上げます。

 

 

1.被害妄想

「自分が被害を受けている」という内容の妄想です。

統合失調症をはじめ、多くの精神障害でみられる妄想です。

 

1-1.関係妄想

「とくに意味や意図のない日常的な出来事や人の仕草などを、自分に結び付けて確信する妄想」(P172 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)です。

例えば、街中ですれ違った人が何か話していたときに、「自分の悪口を言っているに違いない」と思うものです。

ある程度訂正可能なレベルのものは、関係念慮といいます。

エリーにみられる恋愛妄想は、関係妄想の一種です(後日取り上げる誇大妄想の一種と考えることも可能です)。

 

1-2.注察妄想

「周囲の人からあるいは公共の場で自分が特別な仕方でみられ、注目され、観察され、監視されている」(P708 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)と確信するものです。

多い訴えとしては、「盗聴器が仕掛けられている」「監視カメラで見られている」などです。

なお、制服や奇抜な服装などで”自然に”周囲から注目されている感じを覚えるのは、「制服の感じ」と呼ばれ、注察妄想とは区別されます。

 

1-3.迫害妄想

「他人や組織から狙われている」という妄想です。

「CIAから狙われている」などと、非現実的な訴えとしてみられますが、最近は統合失調症の軽症化とともに、ここまでの”突拍子もない”妄想は滅多にみられなくなりました。

 

1-4.被毒妄想

「毒を盛られている」という妄想です。

これも最近はあまり見られないように思います。

(なお、以前のコラムでも取り上げております。)

 

1-5.追跡妄想

「後をつけられている」という妄想です。

典型的には、「公安に尾行されている」などです。

これが、例えば女性が「ストーカーが後をつけている」といった内容だと、真実の可能性もあるので、妄想かどうかは判断がかなり難しくなります。

 

1-6.嫉妬妄想

「自分のパートナーが、浮気している」という妄想です。

 

1-7.物理的被害妄想

「電波で攻撃を受けている、操られている」といった妄想です。

 

1-8.憑依妄想

「自分に霊がとりついている」という妄想です。

被害性を帯びて、「霊によって操られている」というニュアンスになることが多いです。

 

1-9.好訴妄想

些細なトラブルでも執拗に裁判に訴えようとする妄想です。

複数の裁判を抱え、裁判費用を捻出できない家計の状況でも、さらに新たな裁判を起こそうとします。

 

 

いずれの妄想も、その背景に思いを馳せることが大切です。

エリーがなぜ恋愛妄想を抱くに至ったのでしょうか。

たんに「R先生を好きになったから・・・」というのもあるかもしれませんが、それだけですとどうも表面的なようです。

実はエリーは、「青春時代の報いられなかった恋愛」(P28)、特に「年若い恋人の死」(P28)を経験していたのです。

 

「毎年一月になれば〔その恋人の死んだ月〕すべては同じことをくり返します。そして私は長い長い間、悲しみにくれていなければならないのです。」(P28)

 

この想いが、彼女の妄想を生じさせたのではないでしょうか。

そう思うと、遠く時代も距離も離れた私の中にも悲しみが生じるのを禁じ得ません。

 

P33/34 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー

 

十日目

 

彼女は興奮していなかったし、私にすがりついたり広言したりしようとしなかったが、しかし自分の内的体験と葛藤に完全に没入していた。それはあたかも自我がもはや闘いを放棄し、震撼させるような絶望的な外界への備え(Besetzung)をひっこめてしまい、無意識の内容によって反乱されてしまっているようであった。

 

十一日目

 

彼女はぶっ通しに非常に集中して内面的に体験しつづけていた。彼女は完全に外界に背を向けていた。こんな風なのにもかかわらず彼女は私を認めて反応したが、しかし私が関係をしっかり保つことに努めないと、すぐさま自分の世界にひき返してゆくのだった。

 

 

エリーは、外界との接触を拒み、内的な世界に閉じこもろうとしています。

このような現象を「自閉 Autism」といいます。

今回は自閉について、解説していきます。

 

 

自閉を最初に唱えたのは、オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)という、スイスの精神科医です。

ブロイラーは、スキゾフレニア(独:Schizophrenie、英:Schizophrenia、日:精神分裂病→統合失調症)という語を作った方です。

それまでクレペリン(エミール・クレペリン(Emil Kraepelin))が早発痴呆という言葉を用いていましたが、それを統合失調症に変えたは他でもないブロイラーでした。

クレペリンは、統合失調症に関して時間軸を重視し、思春期に発症し、徐々に進行して最終的には人格荒廃となる経過をもって診断していました。

一方のブロイラーは、横断的な症状を重視し、”ブロイラーの4つのA”を基本症状であると定めました。

”4つのA”とは、1.連合弛緩 Assoziationslockerung 2.感情障害 Affektstörung 3.自閉 Autismus 4.両価性 Ambivalenz を指します。

このうち、特に思考障害(連合障害)と自閉を重視しました。

ブロイラーは、精神分析の祖であるジークムント・フロイト(独: Sigmund Freud)と関わりが深いのですが、ブロイラーは統合失調症の理解にフロイトによる精神分析の考えを援用しています。

 

自閉に関して、ウジェーヌ・ミンコフスキー(Eugène Minkowski)は、「現実との生きた接触の喪失(perte du contact vital avec la réalité)」という表現をしています。

この表現の通り、外界から自己を守るためにあえて自分だけの世界に閉じこもろうとし、接触する場合もダメージが最小限になるように自分が許せる接触方法でのみ外界とつながり、外界との生の(live)相互作用のある交流は受け入れようとしません。

なお、ミンコフスキーは、自閉にも「貧しい自閉(autisme pauvre)」と「豊かな自閉(autism riche)」があり、自閉の多様性、複雑性を述べています。

 

 

「自閉」とは別に「自閉症(Autism)」という言葉がありますが、これはまた別のものです。

「自閉症」を提唱したのはレオ・カナー(Leo Kanner)という精神科医ですが、カナーは、言語発達能力や社会性に重度の障害が認められる幼児たちがいるのを発見し、「早期幼児自閉症」という用語で発表しました。

カナーが用いたAutism(e)は、ブロイラーが使用した「自閉(Autismus)」から来ています。

また、ハンス・アスペルガー(Hans Asperger)が、「自閉的精神病質」という言葉を提唱しましたが、そのときも”Autistiche Psychopathen”という語を使用しており、やはり自閉が本質であるとしています。

統合失調症の「自閉」と自閉症の「自閉」の相違は、精神医学にとって重要なテーマです。

 

シュヴィングからエリーに対して関わっている間はまだ2人はつながっているようですが、それが持続することはなく、またエリーの側からシュヴィングに働きかける様子もみられず、シュヴィングも悲しみを覚えているように感じます。

シュヴィングをもってしても容易でない「自閉」の壁の厚さに、悔しさと同時に、統合失調症の、ひいては人のこころの深淵さを感じます。

 

P54~ 「母なるものの治療的効果」 より

 

症例 フリーダ 年齢二四歳 精神分裂病、重症緊張型

 

(註:主治医の発言)「・・・(略)心臓病があるので、ショック療法ができません。」

 

 

ここで述べられているショック療法というのは、インスリン・ショック療法のことを指しています。

今では全く行われていない療法ですが、精神科治療の歴史の一端を語るものとして、今回取り上げたいと思います。

 

 

インスリン・ショック療法は、オーストリアのザーケル・マンフレート(Sakel Manfred)が、1933年に考案したものです。

インスリンは、血糖降下ホルモンで、血中のブドウ糖を筋肉や脂肪組織等に取り込む作用があります。

ザーケルは、当初モルヒネ依存症や興奮状態の患者さんに少量のインスリンを注射して治療を行っていたようです。

その中で、たまたまインスリンによる低血糖ショックを起こした患者さんが精神状態が落ち着いたことから、この治療法が考案されました。

薬物療法が普及するまで広く行われていましたが、低血糖ショックによる身体への悪影響が大きいことから、現在では行われていません。

早朝覚醒時にインスリンを皮下注射して、人工的に低血糖状態にし、一定時間昏睡状態にして、その後ブドウ糖注射などで覚醒させることを20回程度行い、これを1クールとします。

 

 

過去に精神疾患に対して行われたものの、現在は行われていない治療方法は、他にもあります。

有名なものは発熱療法とロボトミーでしょう。

 

 

発熱療法は、特にマラリア発熱療法が有名です(他にワクチン発熱療法もありました)。

これは、オーストリアのワグナー・フォン・ヤウレッグ( Wagner von JaureggJ)が1917年に提唱した方法で、一過性の発熱後に進行麻痺が軽快した経験が基になっています。

進行麻痺は、梅毒病原体Treponema pallidumによって起こされる脳の梅毒性疾患(第4期梅毒)で、梅毒感染後数年~数十年の潜伏期を経て発症し、放置すると急速に進行して精神機能等が衰弱し、数年で死亡する疾患で、かつては統合失調症(精神分裂病)、うつ病/躁うつ病、てんかんと並んで4大精神病の1つとされていましたが、現代では稀になりました。

発熱療法は、それまで有効な治療法がなかった進行麻痺にとって当時としては画期的で、彼は最初のノーベル科学賞を授与されています。

マラリアに罹患している患者さんから、マラリア原虫を含む血液を数ml採血し、進行麻痺の患者さんに移植します。

39~41度前後の発熱を1日おきに10回前後反復させて1クールとなります。

発熱療法の終了には、マラリアの治療薬であるキニーネやペニシリンなどを投与します。

 

 

ロボトミーは、悪名高いものとして現代でも有名でしょう。

ロボトミー(前頭葉白質切截術)は、精神外科の代表的なものです。

精神外科とは、脳に外科的な侵襲を加えて、精神症状を改善させる治療法です。

ロボトミーは、両側前頭葉を切除するとサルの行動が馴化するというフルトンらの実験結果からポルトガルのエガス・モニス(António Caetano de Abreu Freire Egas Moniz)が1936年に考案しました。

その後、他の医師らによって、種々の術式が生まれています。

統合失調症(精神分裂病)、うつ病、強迫神経症、爆発性人格障害、癌性疼痛などに適用されました。

これらの効果が認められ、モニスは1949年にノーベル医学賞を授与されています。

しかし、当然ながら、この治療法は非可逆性で、術後に自発性低下、人格平板化、感情低下などの大きな人格変化が生じることや、薬物療法の台頭から、現在では行われなくなりました。

モニスは、その後、65歳のとき自身の患者に銃撃されて脊髄を損傷し、身体障害者になりました。

なお、ロボトミーを受けた有名な人物として、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの妹である、ローズマリー・ケネディがいます。

現代の精神科医療が、過去の歴史の上に成り立っていることを忘れないでいることが大切でしょう。

 

 

 

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精神病者の魂への道

EIN WEG ZUR SEELE DES GEISTESKRANKEN

https://www.msz.co.jp/book/detail/02331/