同じ精神疾患でも、統合失調症のような精神病は減少傾向や軽症化にあると言われています。その一方で、境界性パーソナリティ障害をはじめとするパーソナリティ障害や依存症、摂食障害、不安症、慢性うつ、ADHDなどで苦しむ人は増え続けています。これらの疾患は、不安定な愛着と関係が深く、発症のリスクを高める要因となっている可能性が指摘されているものばかりです。
人間を機械のように酷使する近代社会の到来とともに、統合失調症が増えたと言われていますが、いまや別の要因が、境界性パーソナリティ障害や摂食障害、慢性うつなどを増加させているのです。
その要因と考えられるのが、愛着の崩壊です。親子の絆や子育てといった、社会の仕組みの最も土台の部分が、いま危機に瀕しているのです。虐待の急増といった事態は、そのことを端的に示していますが、愛着崩壊は、もっと普通の家庭でも、一見目立たない形ですが、ひたひたと進行しており、不安定な愛着を抱えたまま育った子どもが、先に述べたような問題を呈しやすくなっているのです。
愛着崩壊が、この何十年かの間に進んできた背景には、社会の急速な変化があります。境界性パーソナリティ障害との関係で言うと…
➊ 核家族化や小家族化が進行し、家庭が密室化し、親子関係、ことに母親との関係が濃密になりやすくなったこと
➋ 女性の社会進出により、子どもを預けて働きに出る機会が増えたこと
❸ 離婚や単身赴任などで、父親が不在となることは増えたこと
…などが、その要因として考えられてきました。関わりが希薄になっても、過剰になり過ぎても、親は安全基地として機能しなくなってしまうのです。
女性も男性と同じように自己実現をはかれる社会の実現は、重要な課題です。ところが皮肉なことに、欧米でも日本でも、女性の職場進出といったことが急激に進むと、十年程度のスパンをおいて、境界性パーソナリティ障害の増加や若い世代の自殺の増加がみられるようです。
子育ての部分にしわ寄せがいき、子どもが割を食うことになるケースが増えてしまうでしょう。一方、子育てを支える仕組みが整えられたデンマークなどの国では、一時上昇していた若い女性の自殺率が減少に転じるなど、克服の兆しも見えています。母親自身が安心して子育てができる仕組みやサポート体制を整えることが必要不可欠なのでしょう。
社会の絆が緩くなり、三組に一組が離婚する時代を迎えています。DVや虐待の問題も深刻です。そんな不安定な家庭環境の影響を一番受けてしまうのは、子どもです。親の人生も勿論大事ですが、子どもにそのしわ寄せがいってしまわない方法や仕組みを考えておく必要があるでしょう。
今は社会が移行期で、その分、親も子も苦労が多いのだと思います。しかし、母親独りであっても、父親独りであっても、うまく子育てをし、子どもも立派に育っている家庭も沢山あります。知恵を絞って取り組めば、どんな困難も必ず良い解決があると信じたいものです。
「安全基地」となるために
境界性パーソナリティ障害の根本的な問題が、“愛着”にあるのだとすれば、“愛着”を安定したものに変えていくことが、問題の改善や克服に繋がるはずです。では、どうすれば、愛着を安定化させることができるのでしょうか?
その場合、鍵を握るのが、その人に寄り添う存在が「安全基地」になれるかということです。安全基地とは、いつも見守っていて、困った時、求める時には、応えてくれる存在です。だからと言って、押しつけたり、強制したりはしません。そして、最悪な時であっても、「大丈夫だよ」と言ってくれる存在です。
小さな赤ん坊だった時、お母さんは、大抵そういう存在として、守ってくれていたはずです。そういう強い後ろ盾があったから、よちよち歩きでも、外の世界に向かって歩み出せて行けたのです。ところが、見守って欲しい時や、助けを求めたい時に、無関心だったり、そっぽを向かれたり、あるいは逆に、黙って見守って欲しい時に、手出しや口出しをされ、いつも出来ていないことばかり否定されたりすると、母親自身の“気持ち”はあっても、安全基地としては上手く機能を果たしてくれてはいなかったのです。
その部分が欠落したまま大きくなり、もう一度、欠けているものを取り戻そうとしているのが、境界性パーソナリティ障害の状態だとも言えるのです。
よって、もう一度原点に戻り、安全基地としてしっかり関わることが、ピンチをチャンスに変えることに繋がるのです。まず、治療者やカウンセラーが臨時の安全基地となるのも一つの方法です。ただ、より根本的な変化を引き起こすためには、もっと身近にいて、かつ大切な存在である、親や配偶者、恋人といった存在が、安全基地となるに越したことはありません。治療者やカウンセラーも、出来る限りそういった構造になるように、働きかけやサポートを行っています。
世代間連鎖を断ち切るために…!
パーソナリティ障害にかかわる要因は色々ありますが、多くのケースでは、パーソナリティ障害の当事者本人の親にも、同じような傾向が見立てます。これは、親が子どものころ辛い経験をした場合、その問題を抱えたまま育児に臨むため、無意識の内に子どもに同じ経験をさせてしまうことが関係していると言われます。このように、育児によって問題が引き継がれていく状態を「世代間連鎖」と言います。
パーソナリティ障害の世代間連鎖を断ち切るためには、ご本人がパーソナリティ障害から回復するとともに、「親は親なりのやり方で自分を愛してくれた」と理解することも欠かせません。自分にとって辛い経験でも、親は親なりに自分を愛してくれていたのだと分かると、今度は自分の子どもに対して、自分の親とは違う接し方をしなければならないと分かります。自分の思いと、親の思いの両方に気づくことで、自分の行動を変えることができるのです。
このコラムを読まれまして、気になる点がありました方や、
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当院では、境界性パーソナリティ障害をはじめ、
大人の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症)、
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また当院では、診察と一緒に、専門の心理士(臨床心理士・公認心理師)資格を持ったカウンセラーによるカウンセリング(心理療法)も行っております。カウンセリングをご希望される患者様は、診察時に医師にご相談下さい。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:市橋秀夫監修『パーソナリティ障害』・岡田尊司・咲セリ著『絆の病 境界性パーソナリティ障害の克服』