眠れる森の美女症候群とは?原因・症状・治療法を精神科専門医が解説
はじめに
「しっかり眠ったはずなのに、どうしても眠気が取れない」「数日から数週間、目が覚めても意識がもうろうとしている」
こうした症状に心当たりはありませんか。
このような極端な過眠状態が周期的に現れる病気の1つに、「眠れる森の美女症候群」とも呼ばれるクライン・レビン症候群(Kleine-Levin Syndrome:KLS)があります。この疾患は極めて稀ではありますが、発症すると本人の日常生活や学業・仕事、さらには家族にも大きな負担をもたらします。
本ページでは、精神科医の立場から、クライン・レビン症候群の特徴・原因・治療法について丁寧に解説します。
眠れる森の美女症候群(KLS)とは?
「眠れる森の美女症候群」と俗に呼ばれるこの疾患の正式名称は、「クライン・レビン症候群」です。神経精神系に分類される稀少疾患で、思春期の男性に多く見られるのが特徴です。
発症率は非常に低く、人口100万人あたり1〜5人程度とされています。
主な症状
- 極度の過眠傾向:1日あたり15〜20時間以上眠り続ける
- 意識の混濁:目を覚ましていても会話や行動にまとまりがない状態が続く
- 現実感の消失や混乱:時間や空間の認識に混乱をきたす
- 過食や性欲の異常な高まり:特に思春期以降の男性で多く報告される
- 感情の不安定さ・抑うつ状態:発作期に気分の落ち込みが強くなる場合がある
これらの症状は発作的に出現し、数日から数週間で自然に軽快するという経過をたどります。しかし、一定の間隔で再発を繰り返すのがKLSの大きな特徴です。
なお、発作と発作の間の「間欠期」には、通常通りの生活を問題なく送れることが多く、本人も一見健康に見える点も、この疾患の診断を難しくしている要因の1つです。
原因は何か?
クライン・レビン症候群(KLS)の明確な原因は、現時点では完全には解明されていません。しかし、これまでの研究や臨床所見から、いくつかの有力な仮説が挙げられています。
考えられている要因
- 視床下部や中脳の機能異常
視床下部は、睡眠・覚醒のリズム、食欲、体温調節などを司る脳の中枢です。この部位に何らかの機能的異常が生じることで、KLSのような症状が出る可能性が指摘されています。
- ウイルス感染後の免疫系の異常反応
KLSの発症が風邪やインフルエンザ様の感染症の後に見られることがあり、自己免疫反応の関与が疑われています。
- 遺伝的素因
非常に稀ではありますが、家族内で複数人が発症するケースも報告されており、何らかの遺伝的背景が関係している可能性も示唆されています。
こうした仮説はいずれも研究段階にあり、今後の解明が待たれるところです。
誤解されやすい病気
クライン・レビン症候群は、その特殊で一見不可解な症状から、周囲に誤解されやすい疾患でもあります。
「怠けているだけでは?」
「うつ病なのでは?」
「仮病ではないのか?」
このような偏見によって、学校や職場での理解が得られず、学業や社会生活に大きな支障をきたすことも少なくありません。しかしKLSは、本人の意思や努力でコントロールできるものではなく、医学的に認められた神経・精神系の疾患です。周囲の理解とサポートが、治療と社会的適応の両面において非常に重要です。
診断と検査
KLSの診断は、「除外診断(他の病気ではないことを確認したうえで下す診断)」が基本となります。というのも、KLSと似た症状を呈する疾患が複数存在するため、慎重な鑑別が不可欠です。
主な診断方法:
- 問診と病歴の確認
発作の頻度、持続期間、行動の変化などを詳しく把握します。
- 脳波検査(EEG)
てんかんとの鑑別のために行います。
- MRI検査
器質的な脳の異常がないかを確認し、腫瘍や構造的異常などを除外します。
- 睡眠ポリグラフ検査(PSG)などの睡眠評価
睡眠構造に異常がないかを調べる補助的検査として行われることもあります。
特に初回発作時にはうつ病、てんかん、ナルコレプシーなどとの区別が難しいため、精神科や神経内科といった専門的な医療機関での診察が必要不可欠です。
治療法はあるのか?
現在のところ、クライン・レビン症候群(KLS)に対する根本的な治療法は確立されていません。とはいえ、発作の頻度や症状の重さを軽減することを目的とした「対症療法」がいくつか試みられています。
薬物療法
- 気分安定薬(リチウムなど)
一部の研究では、再発頻度の軽減に効果があるとされており、予防的投与が検討される場合があります。
- 中枢神経刺激薬(モダフィニルなど)
発作期の極端な過眠に対処する目的で使用されることがあります。
- 抗けいれん薬や抗精神病薬
感情の不安定さや幻覚・妄想のような精神症状が強い場合に、症状のコントロールを目的として用いられることもあります。
環境調整
- 発作期には安心して休息できる環境を整える
- 学校や職場に病気への理解を求め、学業・就労への柔軟な対応を得る
- 発作の出現時期やパターンを記録し、再発の傾向を把握する
医師として伝えたいこと
KLSは極めて稀な疾患であるため、発見が遅れたり、誤診されてしまうケースも少なくありません。ですが、早期に正確な診断を受け、家族や学校・職場の理解が得られることで、安心して過ごせる環境が整います。
また、KLSは「一生寝たきりになる病気」ではなく、発作期以外は通常の生活を送れることが多い疾患です。過度に悲観する必要はありません。
まとめ:正しい理解と周囲の支援がカギ
「眠れる森の美女症候群」は、その名前からは想像できないほど日常生活に大きな影響を与える疾患です。
- 思春期に発症し、再発を繰り返す
- 原因は不明だが、脳や免疫の異常が関与
- 誤解や偏見を受けやすいが、れっきとした医学的疾患
- 現在は対症療法が中心で、環境と心理的サポートも重要
「眠りすぎて困っている」「定期的に数日寝続けてしまう」という症状がある場合は、早めに専門医へ相談してください。正しい診断と適切な支援が、本人や家族の不安を和らげ、より良い生活に繋がります。
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参考文献:
Arnulf I. Kleine-Levin syndrome. Sleep Med Clin. 2007;2(3):315–329.
https://www.sleep.theclinics.com/article/S1556-407X(07)00049-3/fulltext
American Academy of Sleep Medicine. International Classification of Sleep Disorders (ICSD-3).
日本睡眠学会:睡眠障害の診断・治療ガイドラインhttps://www.jssr.jp/data/pdf/suimin_guide2011.pdf
UpToDate: Kleine-Levin syndrome
https://www.uptodate.com/contents/kleine-levin-syndrome
厚生労働省 難病情報センター「クライン・レビン症候群」https://www.nanbyou.or.jp/entry/5726
監修者:
新宿ペリカンこころクリニック
院長 佐々木 裕人
資格等:精神保健指定医、精神科指導医・専門医
所属学会:日本精神神経学会



