ナルコレプシーが日本人に多い理由とは?睡眠障害の一種を精神科医が解説
はじめに
「授業中や会議の最中に突然眠ってしまう」「十分に眠ったはずなのに、日中の眠気がひどい」
こうした症状に思い当たる方は、「ナルコレプシー」と呼ばれる睡眠障害を抱えている可能性があります。
特に日本では、ナルコレプシーの発症率が世界的に見ても高いとされており、その背景には遺伝的要因も関係していると考えられています。
本記事では、精神科医の立場から、ナルコレプシーとはどのような病気か、その原因、そして日本人に多いとされる理由について、丁寧に解説いたします。
ナルコレプシーとは?
ナルコレプシーは、日中に強い眠気を繰り返し感じることが特徴の睡眠障害で、以下のような症状が現れます。
- 過剰な日中の眠気(EDS:Excessive Daytime Sleepiness)
- 情動脱力発作(カタプレキシー):笑いや驚きなどの強い感情をきっかけに、突然筋肉の力が抜けてしまう発作
- 入眠時幻覚や睡眠麻痺(いわゆる金縛り)
- 夜間の中途覚醒:眠っている間に何度も目が覚めてしまう
この疾患の主な原因は、覚醒状態を保つ働きを持つ脳内の神経伝達物質「オレキシン(ヒポクレチン)」の分泌が著しく低下または欠乏していることだと考えられています。
現在の医学では、オレキシンの欠乏そのものを回復させる根本的な治療法は確立されていません。しかし、薬物療法や生活習慣の改善などによって、症状を緩和し、日常生活への影響を最小限に抑えることは可能です。
ナルコレプシーの原因とは?
ナルコレプシーの発症には、1つの原因だけでなく、いくつかの要因が複雑に関係していると考えられています。主に次のような要素が発症に影響を及ぼすとされています。
- 遺伝的要因(HLA遺伝子)
ナルコレプシーの患者様の多くが「HLA-DQB1*06:02」という特定の遺伝子型を有していることが分かっています。この遺伝子を持っているだけで必ず発症するわけではありませんが、保有している人はそうでない人と比べて、発症リスクが高くなるとされています。
- 自己免疫による神経細胞の破壊
近年では、免疫異常がオレキシンを分泌する神経細胞を攻撃・破壊するという自己免疫的なメカニズムが、発症の有力な原因として注目されています。
- 環境的要因
ストレスやウイルス感染(特にインフルエンザなど)、不規則な生活習慣などが、発症の引き金になることがあります。
日本人にナルコレプシーが多い理由
世界的に見ても、日本人はナルコレプシーの有病率が高いとされています。その背景には、いくつかの要素があると考えられています。
- 高い遺伝的素因の保有率
日本人のおよそ15〜20%がHLA-DQB1*06:02という遺伝子を持っているとされており、この保有率は欧米諸国と比べて非常に高いのが特徴です。この遺伝的背景が、国内での発症数が多い一因になっていると考えられます。
- 慢性的なストレスと社会構造
受験競争、長時間労働、睡眠時間の確保が難しい生活環境など、日本社会特有の文化的・社会的ストレスも、ナルコレプシーの発症に関与している可能性があります。
- 診断制度と医療へのアクセスのしやすさ
日本では睡眠障害を専門とする外来や精神科の診療体制が比較的整っており、症状に気づいた時点で早期に適切な診断を受けやすい環境があります。こうした医療体制の充実により、他国と比べて診断率が高いことも、有病率が高く見える一因と言えるでしょう。
治療と対処法
ナルコレプシーは、現時点では根本的に完治させる治療法が確立されていない疾患ですが、薬物療法や生活習慣の改善によって症状をコントロールすることが可能です。
薬物療法
以下のような薬剤が、主に症状に応じて処方されます。
- モダフィニル(商品名:モディオダール)
日中の過度な眠気を軽減するために使用される覚醒促進薬です。
- 三環系抗うつ薬やSNRIs(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
カタプレキシー(感情によって筋力が突然抜ける発作)の対策として用いられます。
生活習慣の工夫
- 日中に短時間の昼寝(パワーナップ)を取り入れる
- 毎日同じ時間に就寝・起床するなど、一定の睡眠リズムを保つ
- カフェインなどの刺激物の摂取タイミングに注意し、就寝前の使用を控える
これらの習慣を取り入れることで、お薬に過度に頼ることなく症状を安定させ、仕事や学業との両立も十分に可能になります。治療は必ず医師の指導のもとで進め、無理のない範囲で生活とのバランスを整えていきましょう。
精神科医としての見解
ナルコレプシーは、本人や周囲から見過ごされやすい疾患ですが、適切な診断と治療によって生活の質は大きく向上します。
日本で患者数が多いことは、単に遺伝的な傾向によるものではなく、受験競争や長時間労働といった社会的背景、また睡眠に対する意識の低さなども関係していると考えられます。さらに、診療体制が整っていることで診断がつきやすいという側面も見逃せません。
もし、「日中に強い眠気が続く」「感情が高ぶると身体に力が入らなくなる」といった症状に気づいた場合は、放置せずに早めに専門の医療機関を受診することをお勧めします。
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参考文献:
日本睡眠学会「ナルコレプシー診療ガイドライン」
https://www.jssr.jp/
Mignot, E. “Genetics of Narcolepsy: The Role of HLA-DQB1*06:02.” Journal of Clinical Sleep Medicine, 2007.
Nishino S, et al. “Narcolepsy in the Japanese population.” Current Opinion in Neurology. 2000.
厚生労働省 e-ヘルスネット:睡眠障害
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
MedlinePlus. “Narcolepsy”
https://medlineplus.gov/narcolepsy.html
監修者:
新宿ペリカンこころクリニック
院長 佐々木 裕人
資格等:精神保健指定医、精神科指導医・専門医
所属学会:日本精神神経学会