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「大人の愛着障害」って何ですか??③

現代はスピードが重視される時代です。「タイパ」という言葉が流行するように、誰もが時間をかけず、効率よく物事を片づけようとしています。子どもの心の成長にもその影響が出ているように思えます。

 

 

共働きの両親と核家族が増えたせいなのでしょうか、家事や育児にも時間や気持ちの余裕がなくなってきています。増々子どもにも「早く大人になって欲しい」と成長を急かす親御さんが増えた印象です。仕事や家事を効率化するのは合理的かもしれませんが、子どもの成長は違います。数十年やそこらで、人間の成長スピードが変わるはずもなく、子どもの心も体も一人前に成長するにはある程度の時間がかかります。

 

 

人の精神構造は建築のようなもので、突貫工事で作れば、色々な問題が生じます。後から補強もできますが、それには大変な労力と時間が掛かってしまいますだからこそ、時間をかけて基礎工事をすることが大切なのです。「まだやっているの」と言われるぐらい時間をかけた方が建物は安定します。

 

 

このブログを読まれている皆様も、過去の出来事を思い出すにつれ、思いあたる節が出てきたのではないでしょうか。いつの時代も、親と子がじっくり向き合う時間が取れれば理想的なのです。しかし、家族関係、人間関係は社会の影響を大きく受けます。そういった意味では、個人の努力だけではどうしようもない部分もあるのです。

 

 

様々な精神疾患で受診される患者様の中には、治療が進むにつれて、最初は気づかなかった生育の問題が浮かび上がってくることがあります患者様本人も意識してこなかった自己肯定感の問題が浮上し、それが主題となって診察が進んでいくこともあります。そして、そのことに気づかれた後の診察では、患者様ご自身も自然と愛着の問題に目を向けられるようになり、徐々に改善されていかれることも多いです。

 

ご自身の愛着の問題に気づいた人が、ほんの少しでも愛着に留意して他人に、特に子どもに接することができれば、愛着形成を社会全体で支えることができるのかもしれません。

 

子どもは3~4歳頃までに基本的な愛着形成を完成させます。それが十分に形成されたかどうかが、その後の人生を左右します。親子間に十分な愛着が形成された人は、“心の中の親”から無尽蔵のエネルギーを貰えます。例えるなら「原子力潜水艦」のようなものです。原子力潜水艦は、最初に核燃料を入れておくと、船体の寿命が尽きるまでの30年間エネルギーを補給する必要がありません。つまり、原子力潜水艦は最初から一生分のエネルギーを備えているので、途中で燃料が切れることがありません。そもそも「燃料補給」という概念自体が存在しないのです。

 

 

同様に、乳幼児期に愛着がしっかりと作られた人は、一生分の生きるエネルギーを蓄えているということです。心にしっかりと親が内在し、自我が生まれ肯定されると、どんな時でも自分で自分を支え励ますことができます愛着形成のサイクルはその人の寿命が尽きるまで回り続け、エネルギーが枯渇する心配はありません。

 

 

一方、愛着形成が不十分な人は、ちょっとしたことでエネルギーが足りなくなってしまいます。エネルギー不足になると、人は周囲からエネルギーを貰ったり奪ったりしないと生きていくことができません。

 

 

このため、愛着に問題がある人は、人生において何か問題が生じる度にエネルギーが足りなくなり、誰かにしがみつきエネルギーを補給することになります大人になると、小さい子どもが親に甘えるようには、人に甘えることは出来ません。ですが困った時に素直に人に頼ったり助けを求めたりすることができれば、比較的容易にエネルギーを補給できます。

 

 

乳幼児期の愛着は親などの養育者が対象ですが、成長すると愛着の対象は親に限らず友達や先生、周囲の人たちへと拡大していきます。色々な人に助けを求めて支えてもらい、愛着形成のサイクルを回していくことができる人ほど、エネルギーを補給しながら、力強く人生を歩いていくことができます。

 

 

しかし、愛着に問題があると、人を頼ること自体が苦しいため、エネルギー不足に陥ります。人にSOSを出すことが苦手で、いつもひとりで頑張ろうとし、すぐにエネルギーが底をついて前に進むことができなくなってしまいます。

 

前出のように、人の愛着形成は、建物の構造に例えることもできます。愛着がしっかりと形成されている人は、強靭な耐震構造を持つ建物のようなものです。基礎構造が堅固なので、どんなに大きな地震が起きてもびくともしません一方、愛着が不十分な人は、基盤が弱い建物のようなものです。何を積み上げてもすぐ崩れ、ちょっと大風が吹けば傾いてしまいます

 

 

そうした弱さによって、うつ病不安症などの精神疾患を発症する人もいるでしょう。一般に精神科・心療内科を受診しますと、直接的な原因を取り除き、現在あらわれている症状を和らげるための治療を行います。しかし、愛着に問題がある人の場合、現在の症状だけに注目しても埒が明きません。目に見える症状や直接的な原因は、建物の外観と同じです。ひびが入った壁面をいくら塗り直したところで、基盤が弱いままでは、またすぐに崩れてしまいます。精神の基盤工事(愛着形成)が未完了のままでは、根本的な治療には中々繋がりません。

 

 

では、愛着形成は大人になってからでは手遅れなのでしょうか? そんなことはありません。様々な精神疾患に悩み続けられてきた患者様でも、自分で愛着を補強すればレジリエンス(困難を乗り越える力)を高めることは出来ます。建物の基盤工事を最初からやり直すことは出来ませんが、弱い所を見つけ、筋交いや柱で補強すれば、大地震にも耐えられる強靭な建物にすることはできるのです

 

愛着形成がしっかりと出来ている人は精神的に強靭です。人生の困難やストレスに直面してもへこたれず、たくましく生きていくことができます。例えば、小さい内に親や養育者にたっぷり甘え、「もう十分」と思うほど甘え尽くした子どもには、強固な愛着が形成されます。愛着がしっかりと形成されれば、子どもは自然と親から離れ、何も言われなくても自分の人生を歩み始めます。

 

 

ところが、人間は大きくなると段々素直に甘えられなくなってきます。甘え足りないのに「もう大きいのだから」等と言われて親子(母子)の愛着サイクルを断ち切られてしまった子どもは、愛着形成は不十分なまま大人になっていきます。

 

 

ただ、実際には、思う存分甘えきり、揺るぎない愛着形成ができている人など世の中には殆どいません。大半は中途半端な愛着形成のまま大人になっているのが実情ですだからこそ、皆そこそこの自己肯定感と他者信頼感はあるものの、強いストレスや逆境に出会うと簡単に潰れてしまうのです。

 

 

愛着の問題を、童話『三匹の子豚』に例えてみましょう。普通の人は「木造の家」に住んでいます。ある程度の雨風には耐えられますが、強い台風や地震がくれば家は崩れてしまいます。治療やケアが必要な人は、「藁ぶきの家」レベルです。一方、逆境にも負けないような人は、強い「レンガ造りの家」に住んでいます。

 

 

安心感や自己肯定感が乏しいと感じる人は、自分自身に問題があるのではなく、「家の構造が弱い」と考えてみて下さい。原因は家の構造にあるのですから、補強工事で強化することは十分可能です専門家の知見を活用されることをお勧めします。

 

 

藁ぶきの家の人はもちろん、木造の家に住んでいる人も、もっとしっかりとした家=自分にしたいのであれば、レンガ作りの家を目指して、補強や耐震工事をしていきましょう。

 

 

愛着障害は正式には小児の障害なので、大人には用いませんが、大人の患者様とお話していると、多くの方が愛着の問題を持っているように見受けられます。一方、患者様ご本人は、根底に愛着の問題があるということに全く気付かず、他の疾患の症状だと考えています。とりわけ、精神疾患が再発しやすかったり、精神状態が安定しづらい患者様に向き合っていると、愛着の問題が明らかになります。例えば、「自分が嫌い」と言う人に、「それはいつからですか?」と聞いたとします。「小さい頃から」と答えた人は、大抵何かしらの愛着の問題を持たれています。また、愛着に問題があると自分を労わることができません。多くの人が自分を傷つけ、まるで自分を鞭うつような生き方をしています。

 

 

このように、自分の「家の構造」の弱点に気づくことがは非常に大事なことです。弱点がわかれば、そこから補強工事をスタートさせることができるからです。

 

 

そのためにも、自分一人で悩まずに、医師やカウンセラーに相談し、第三者の意見を取り入れるようにしてください。大人(成人)の場合、愛着の問題だけで治療が行われることはありません。他の精神疾患で治療中の方は、その疾患を治療しながら、愛着の問題にも取り組みます。メインの精神疾患の症状がある程度落ち着いたら、愛着の問題に重点が移ります。その場合には自由診療でのカウンセリングを受けるのも一つです。

このコラムを読まれまして、
気になる点がありました方や、興味・関心を抱かれた方は、
どうぞ当院まで、お気軽にお問い合わせください。

 

当院では、うつ病をはじめ、

適応障害、躁うつ病(双極性障害)、不安症、

睡眠障害(不眠症)、心身症、自律神経失調症、

パニック症、摂食障害、統合失調症、強迫症、

月経前症候群(PMS)、月経前不快気分障害(PMDD)、

大人の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症)、

過敏性腸症候群(IBS)、境界性パーソナリティ障害など、

皆さまの抱えるこころのお悩みに対して、

心身両面からの治療とサポートを行っております。

 

 

また当院では、診察と一緒に、専門の心理士(臨床心理士・公認心理師)資格を持ったカウンセラーによるカウンセリング(心理療法)も行っておりますカウンセリング(心理療法)をご希望される患者様は、診察時に医師にご相談下さい。

 

 

Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)

参考引用文献:村上伸治著大人の愛着障害