Ⅰ.本当のADHDよりも生きづらい「疑似ADHD」
数年前、ニュージーランドで行われた長期間にわたるコホート研究の結果が発表され、世界に衝撃を与えました。その結果は、成人のADHDと子どものADHDとは、かかっている人も、その症状も特徴も大きく異なる別なもので、成人のADHDの大部分は、本来の意味での発達障害ではないことを示していたからです。
コホート研究という手法は、因果関係を証明する上で最も信頼性の高い研究法であり、それだけに発達の専門家たちも驚愕したのです。何故なら、専門家の多くが、子どもの頃ADHDだった人が、大人のADHDになっていると信じていたからです。実際には、「大人のADHD」とされた人は、12歳頃から症状が現れ始め、大人になってから症状が強まっていったのです。
この研究で分かったもう一つの重要なことは、大人のADHDは、本来のADHDに比べると神経学的な障害は軽度であるにも関わらず、生きづらさた生活上で感じている困難は、本来のADHDをもった人よりも強い、という事実です。実際、様々な困難やトラブルに直面し、精神的な疾病に至っている人の割合が高くなっていたそうです。
障害としてはグレーゾーンであったとしても、本人が味わっている苦労や大変さは、決して本来の発達障害に優るとも劣らないのです。
では、大人のADHDの場合、その実態は何だったのでしょうか? もちろん単純に一つの原因に拠るものとは言えませんが、その内のかなりの割合で、何かしらの虐待を受けたり、親の否定的な養育態度にさらされながら育っていたり、安心を脅かされ、過酷な体験をしているというケースが少なくないことが見出されています。そういった要因が見当たらない人と比べると、ADHD(正確にはADHDと見分けがつかない「疑似ADHD」)が現れるリスクは数倍に達したそうです。
Ⅱ.「グレーゾーン」は愛着や心の傷を抱えたケースが多い…?
上記のように、発達障害の「グレーゾーン」は、単に症状のレベルの違いというだけでなく、特質の異なる原因が潜んでいる可能性が指摘されています。「グレーゾーン」と呼ばれる状態には、発達障害の傾向をもつものの、幸運にも軽症であるというケースも勿論ありますが、愛着障害やトラウマにより生じた、発達障害に類似した状態も少なからず含まれているのです。
よって、「グレーゾーン」を考える際には、愛着障害や心の傷が影を落としていないかに十二分に留意する必要はありますし、そうしたケースであった場合、その部分への手当てがなされない限り、その人が抱えている本当の困難や生きづらさを理解することも、手助けすることも出来ないのです。
Ⅲ.発達障害に似ているけれど、診断に至らない…?!
発達障害について広く認知されるようになり、インターネットなどにはそうした情報が溢れていることもあって、一部の症状が、ご自身やご家族に当てはまるかもしれないと感じて、発達障害かもしれないと思われる方も増えてきています。そして、実際に医療機関を訪れて、診察や検査を受けられる方も急増してします。その結果、発達障害の診断を受ける人もいる一方で、「グレーゾーン」だと言われて、診断には至らないケースも多くなっています。
「障害」とされるレベルの状態を山の頂に例えれば、中腹から裾野の部分が「グレーゾーン」だと言えます。仮に、八合目以上を「障害レベル」とするとしても、六合目や七合目では、障害という診断には至らず、「グレーゾーン」とされてしまう訳です。その割合は、山の頂よりも裾野の方が広いことからも言えるように、「障害」と診断されるケースよりも、ずっと大きな割合を占めることになります。
例えば、一番分かりやすい「知的障害」の場合では、次のようになっています。通常、知的障害と診断されるのは、IQが70未満の場合です。その割合は、一般人口の2.2%となっています。ところが、知的障害のグレーゾーンである「境界知能」とされる人は、IQが70以上85未満(80未満とする場合もあります)の人で、その割合は、一般人口の十数%近くにもなります。知的障害と認定される人の何倍もの人が、グレーゾーンに該当するわけです。
自閉スペクトラム症やADHDといった状態も、症状の程度は様々な段階がある「スペクトラム(連続体)」と考えられています。障害レベルの人は一般人口の数%としても、特性や傾向のために生きづらさを感じている人は、その何倍もいるということになるのです。当然、より多くの人が該当するだけでなく、そこには様々な状態が含まれることになります。その状態像はそれだけバリエーションが多いため、より丁寧に診て、一人ひとりの方のお悩みに対応し、必要な対処を提案していくことが求められると言えるでしょう。
当院(新宿ペリカンこころクリニック)では、ご希望の患者様に、ウェクスラー成人知能検査(WAIS)を施行することが可能な医療機関となっております。
ご自身の能力の凸凹の可能性が気になられる患者様、とりわけ発達障害(ASDやADHD)の可能性を危惧されている患者様は、御診察の際に、その旨を当院医師にお申し出頂けましたら幸いです。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:岡田尊司著『発達障害「グレーソーン」~その正しい理解と克服法』(SB新書)