近年、肉体労働と頭脳労働のほかに「感情労働」というものことがあることが指摘されています。感情労働とは、米国の女性心理学者であるホックシールドが命名したものです。感情労働とは、感情が大きく関係する仕事であり、働く人は自分の感情を管理(マネジメント)する必要があります。感情労働には、次のような特徴があります。
◆ 面と向かって、あるいは電話などによる顧客やクライアント(顧客やクライアントでピンとこなければ、お客様、ユーザー、児童・生徒、園児、患者、入所者・通所者などと読み替えて下さい)との接点がある。
◆ 顧客に対して、満足感、感謝や安心・信頼の気持ちのようなプラスの感情を引き起こすことが求められる仕事。
◆ 管理者は指導・教育、監督を通して、働く人の仕事における感情をコントロールする。
Ⅰ.感情労働が含まれるのはどんな仕事?
現代では、色々な仕事に感情労働が含まれています。
1.医療(看護師)
2.福祉(介護福祉士、ソーシャルワーカー)
3.保育(保育士)
4.教育(教師)
5.自治体職員はもちろんです。
さらに、、、
6.スーパーやコンビニのレジ
7.レストランのウエイターやウエイトレス
8.融機関の窓口担当者(銀行員)
9.CA
10.理容師・美容師
11.化粧品の美容部員
12.各種電話サポート業務
13.そして様々な営業職……等々。以上を対人サービス労働と言いますが、人間を相手にする仕事には全て感情労働が含まれているのです。
自分の感情を抑えて、顧客に満足を与えるために笑顔を作り、適度な異変で信頼感や安心感を高める。そして、これらが上手くいけば仕事の成績が上がる、というわけで、感情労働に携わる人は、自分の本音の感情を抑えるかわりにお給料をもらっていると言えましょう。
Ⅱ.「本音の感情を抑える」とは?
例えば、教師の場合、授業が始まったにも関わらず、自分を無視して教室を走りまわったりする子どもたちがいます。本音では怒りを感じ、「自分の力で、この場がおさめられるかな…?」という不安を感じたとしても、それをストレートに表すわけにはいきません。
教師としての威厳を保ちながらも、優しく子どもを説得する必要があるわけで、自分の怒りや不安の感情をコントロール(感情管理)することが欠かせません。子どもといえども、教師の言葉だけでなく、口調や表情、態度などを読むことができるので、下手なことは出来ません。
Ⅲ.感情のコントロールで脳は疲労する
自分の感情をコントロールし、顧客に満足感や感謝の気持ちを起こさせることは、仕事の喜びをもたらすと同時に、本当の自分の気持ちを抑えつけ、ある意味では「偽りの自分」で演技し続けるのですから、脳は多かれ少なかれ疲労して、仕事をするパワーを消耗させていきます。ここでもし、感情労働による脳の疲労や消耗を回復させないで、頑張り過ぎてしまうと、「燃え尽き症候群」やうつ病、各種の依存症になってしまうことも起こり得るので注意が必要です。
前述の「燃え尽き症候群」とは、米国のフロイデンベルガーが提唱した言葉です。仕事やスポーツ、何かの特別な目標、対人関係などで献身してきたものの、期待したほどに報われなかった時に起こる疲労、もしくは欲求不満状況を言います。意欲的で競争心の旺盛な人が、自分の能力以上の負担にさらされ、これに上手く対処(ストレス・コーピング)出来なかった場合に起こります。
心と身体が消耗し、だるさ、無気力、悲観主義に襲われて、仕事をする能力が低下した状態となります。当初は医療従事者の間でよく見られましたが、教育・福祉・保育などの対人サービス労働に携わる人にも起こり易いことが分かってきました。これは、「病名」ではなく、このような症状や状態に名前をつけたものになります。
Ⅳ.共感疲労とは?
感情労働では、「相手の心に寄り添って共感すること」が求められています。しかし、相手に共感するということは、良い感情だけでなく、そのほか様々な感情の影響を受けますので、心の疲労が生まれるのも自然な姿です。
これを「共感疲労」といって、感情労働の中でも医療、福祉、保育、教育の分野のように援助者としての役割を持つ対人サービス労働に従事する不比等に生じやすいのです。「相手の心の寄り添って共感すること」は良いことばかりではなく、時に自分の心が傷ついたり、疲労困憊したりするリスクがあることを知っておきましょう。
看護師の場合、共感疲労を防ぐためにも、患者様と一定の距離をおくように先輩から指導されます。繰り返しになりますが、共感することには多かれ少なかれ、必ず共感疲労が伴うので、この矛盾に折り合い、歯止めをかけることが必要なことが経験上知られているからです。
職場では割り切って仕事をし、仕事を離れたら本音で生きて、悲しいことは悲しみ、泣きたい時には泣き、嫌なものは嫌だと、どこかで自分をさらけ出すことが必要なのです。いつでもどこでもタフな仮面を被って無理を続けていくと、本当の自分の気持ち・感情が分からなくなってしまう恐れがあるからです。
ここで問題となるのは、わが国の職場では人員が少なく、勤務時間は長く、年休も取りにくいことです。このような職場では、自分の権利を主張しない人がもてはやされ、頼りにされて、負担が被さっていきます。
自分に自信が持てない自己評価が低い人が、技術を身につけ経験を積んで、仕事をこなせるようになれば、自信がついてくるので仕事に励みます。しかし、何事も度が過ぎてしまうと、のめり込みの結果、共感疲労が肉体疲労と頭脳疲労とのトリプルパンチとなって、メンタルの疾病を発症する恐れがあります。
Ⅴ.感情労働とワーキングパワー
自分の生々しい感情をコントロールして相手に共感し、その人に好ましい気分を持ってもらうことは、簡単に言えば「気を遣うこと」です。「気」という言葉を振り返ってみますと、「頑張り過ぎて気が抜けた」というような表現にある通り、エネルギーとかパワーということも意味しています。「遣う」は使用するというより、「お金をつかう」という消費の意味にとる方が現実に近いかもしれません。
さて、ここで「ワーキングパワー(仕事をする力)」について考えてみましょう。ワーキングパワーとは、形ある製品や各種のサービス(教育、医療、福祉、娯楽など)を作り出すために、仕事の上で発揮する能力のことです。次の3つの要素がバランス良く調和することで、良い仕事が生み出せます。
(1)肉体的なワーキングパワー:握力や背筋力などの筋力。視力、聴力、嗅覚などの目、耳、鼻の能力などで、疲労の程度によって影響を受けます。
(2)精神的なワーキングパワー:点検やチェックなどの仕事の流れの中で使う集中力や注意力、一定の時間の時間の中で複数の選択肢から最も妥当なものを選べる判断力などです。クライアントから何を言われようが、自分の感情をコントロールする能力もこれ含まれます。
(3)社会的なワーキングパワー:持って生まれた体力と個性を土台に、学校や職場での一定のトレーニングと仕事の経験によって作られた、具体的な仕事をする能力のことです。
人は日々ワーキングパワーを消費して仕事を成し遂げ給料をもらう訳です。これを携帯電話に例えると、通話という仕事をするためには、バッテリーの電気を消費するので必ず充電が必要です。人も同じで、ワーキングパワーの充電(再生産)をしなければ、毎日健康に働くことはできません。そのためには、仕事以外の時間に、「寝る」「食べる」ことによって体力を充実させ、「遊ぶ」ことにより心の疲労を回復する必要がある訳です。
躁うつ病(双極性障害)、自治都神経失調症、
睡眠障害(不眠症)、心身症、強迫症、不安症、
パニック症、摂食障害(過食症)、統合失調症、
月経前症候群(PMS)、月経前不快気分障害(PMDD)、
大人の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症)、
過敏性腸症候群(IBS)、ストレス関連障害など、
皆さまの抱えるこころのお悩みに対して、
心身両面からの治療とサポートを行っております。
また当院では、診察と一緒に、専門の心理士(臨床心理士・公認心理師)資格を持ったカウンセラーによるカウンセリング(心理療法)も行っております。カウンセリング(心理療法)をご希望される患者様は、診察時に医師にご相談下さい。
Presented by 医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:鈴木安名著『働く女性のメンタルヘルスがとことんわかる本』(あけび書房)
参考HP:『こころの耳』(厚生労働省)