以前にも一度ご紹介したことがありますが、「ニューロダイバーシティ」とは、発達障害を「障害」や「病気」ではなく「脳機能の多様性」として捉え、社会的少数者としての合理的配慮を実現しようとする動きのことです。「脳・神経」を意味する「Neuro(ニューロ)」と「多様性」を意味する「Diversity(ダイバーシティ)」という二つの英単語の組み合わせで出来た言葉で「神経多様性」とも言われます。
自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害がある人々は、障害者ではなく、人種間の平等や男女間の平等、LGBTQなどの性の多様性の尊重などと同様、「脳機能の特性が現代社会の要請と食い違いを見せる社会的少数者」と捉えることが出来ます。発達障害がある人が現状に適応するのを強いるのではなく、多様性として受け入れ、平等に機会を得られるような社会に変わっていくべきであるというのが、ニューロダイバシティの考え方です。
世界的なIT企業で広まるニューロダイバーシティ
ニューロダイバーシティの考え方が生まれたのは、1990年代後半といわれています。それが、このところ注目を集めるようになったのは、急速に進んだデジタル化の影響があります。
発達障害がある人の中には、パターン認識、記憶、数学といったいくつかの分野において秀でた能力を示す人がいます。例えば、驚異的な記憶力や計算能力などをもつ「サヴァン症候群」の人はASDに多く、ASDの人の内、4~10人に一人はサヴァン症候群といわれています。そうした特性が、データアナリティクスやITサービス開発といったデジタル分野の業務と上手く適合する可能性があるとの指摘を受け、データ分析やプログラミング担当としてASDの人を採用するという動きが、近年、世界的なIT企業であるSAPや、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、マイクロソフトなどに広がっています。
きっかけを作ったのは、スペシャリステルネというデンマークの企業でした。同社の創業者であるトルキル・ゾンネ氏は、ASDの人にソフトウェアテスターの適性があるいことに着目しました。そして、彼らを競争力として、ソフトウェアテストコンサルティング業を開業したのがはじまりと言われています。
DX(デジタルトランスフォーメーション)を筆頭に、社会全体がデジタル技術の活用に大きくかじを切っている昨今は、国際的なIT人材の不足がささやかれています。デジタル分野でのニューロダイバーシティの動きは、それにアプローチできる可能性のあるものとして、世界的なビジネス誌でも取り上げられ、前述のIT企業のみならず、金融業、製造業にも拡大しつつあります。
デジタル分野におけるニューロダイバーシティの動きは、日本でも始まっています。2022年、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野が、ヤフー株式会社、株式会社デジタルハーツなど日本国内のデジタル関連企業8社、40チームのニューロダイバーシティへの取り組みを調べた調査では、障害がある人がメンバーの約半数を占めていたことが分かりました。さらにその障害がある人の70%以上がASDまたはADHDであるという結果も示され、国内の大手IT企業の一部では、発達障害がある人の特性を重視した雇用が創出されています。
障害か、多様性か、試行錯誤は続く
一方で、発達障害のある人たちには、特性の影響でコミュケーションが不得手だったり、条件が揃わないと集中力が続かなかったりすることがあります。そのため、能力を十分に発揮するには、周囲の支援や配慮も必要です。具体的には、周囲の視線を気にせずに慣れた環境で働くことができて通勤のストレスがないリモートワークを可能にする、曖昧になりやすい口頭での指示ではなくテキストを用いて指示をする、聴覚への刺激過多を防ぐために、イヤーマフやイヤホンの装着を認めるといったことです。
また、発達障害がある人を含む多様な人材に配慮した職務環境を作るには、組織全体の業務や文化の見直しが必要です。そのことが結果として、障害の有無によらない全体的な働きやすさの向上、生産性の拡大などのメリットに繋がることも期待されています。
ニューロダイバーシティへの取り組みは、デジタル化を含む急速な変化が加速する世界において注目すべき成長戦略であり、発達障害のある人の可能性を大いに広げると言えます。しかし、発達障害のある人の全てが高い記憶力や計算能力などの特性を持っているわけではありません。また、そもそも発達障害を多様性と捉えることについても、さまざまな議論が交わされています。ニューロダイバーシティについては、今後しばらく試行錯誤が続くと予測されます。
先行研究で示された発達障害の方の持つ「強み」
自閉スペクトラム症(ASD)の方の持つ、先行研究で示唆された「強み」は以下の通りです。
- 細部への注意力が高く、情報処理と視覚に長けており、仕事で高い精度と技術的能力を示す。
- 論理的思考に長けており、データに基づきボトムアップで考えることに長けている。
- 集中力が高く、正確さを長時間持続できる。
- 知識や専門技術を習得・維持する能力が高い。
- 時間に正確で、献身的で、忠実なことが多い。
注意欠如多動症(ADHD)の方の持つ、先行研究で示唆された「強み」は以下の通りです。
- リスクを取り、新たな領域へ挑戦することを好む。
- 洞察力、創造的思考力、問題解決力が高い。
- マルチタスクをこなし、環境や仕事上の要求の変化に対応する能力が高い。
- 精神的な刺激を求め続け、プレッシャーのかかる状況でも極めて冷静に行動できる。
- 刺激的な仕事に極度に高い集中力を発揮する。
勿論、これらが全てその方一人の特性を示している訳ではありません。ただ、もし発達障害の特性が「強み」として発揮できる可能性はないか、今一度振り返ってみる上での参考となりましたら幸いです。
当院(新宿ペリカンこころクリニック)では、ご希望の患者様に、ウェクスラー成人知能検査(WAIS)を施行することが可能な医療機関となっております。
ご自身の能力の凸凹の可能性が気になられる患者様、とりわけ発達障害(ASDやADHD)の可能性を危惧されている患者様は、御診察の際に、その旨を当院医師にお申し出頂けましたら幸いです。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:Newton別冊『精神科医が語る発達障害のすべて 改訂第2販』