はじめに
認知行動療法とは、考え方や行動に働きかけてストレスを減らすことを目指す心理療法です。この記事では認知行動療法のメリット、デメリット、そして、受ける方法などを解説していきます。
認知行動療法とは?
人が思いがけず良くない出来事に直面した時、とっさに良くない可能性を考えるのは、自分の身を守ろうとする自然な反応です。しかし、ネガティブな考え方から抜け出せなくなると、辛い気持ちが続くことになります。そんな時に、良いことも良くないことも含めて情報を集めることができれば、気持ちが落ち着いて問題に対処することができます。
心理学の世界では、物事の受け取り方や見え方のことを「認知」といいます。
この「認知」と「行動」に働きかけることでストレスを減らしていく精神療法のことを「認知行動療法(CBT)」といいます。
具体的な例を見てみましょう。
例えば、締め切り前で、残り時間が5分となったときに「あと5分もある」と思うか「あと5分しかない」と思うのでは、ストレスの感じ方に違いが出ます。そして、「あと5分しかない」と思った場合、焦って手順を間違えるなど行動にも影響が出やすくなります。
このように物事の「認知」は、人の「行動」に影響を与えます。
上記の例でいうと「あと5分しかない」という考えで頭がいっぱいになりがちなところを、「あと5分もある」「焦っているから一度深呼吸をしてみよう」他の考え方も持てるようにアプローチしていきます。
4つの側面に注目する
認知行動療法では、具体的な出来事を取り上げて、その出来事が起きた時の①認知、②感情、③身体、④行動に注目してアプローチしていきます。
具体的な例を見てみましょう。
〈例〉
【出来事】職場で自分だけが食事に誘われない。
【①認知】「自分は嫌われている」という考えが頭に浮かぶ。
【②気分】悲しみ、不安、怒りなどが胸の中に広がる。
【③行動】定時で仕事を切り上げて帰宅する。
【④身体症状】動悸や頭痛がして寝付けない。
4つの側面は、それぞれ相互的に影響していると考えられており、悪循環を起こしていることも少なくありません。この中から変えられるポイントを見つけ、意図的に改善させていきます。
認知における自動思考とスキーマの関係
①認知では、背景に「自動思考」と「スキーマ」があると考えられています。
「自動思考」とは、ある出来事があった時に自動的、瞬間的に頭に浮かぶ思考やイメージのことです。「スキーマ」とは、さらに潜在的な知識や価値観のことで、「自動思考」に大きな影響を与えます。
人の認知は、自動思考とそれを司るスキーマによって決まるのです。
認知療法とは
認知行動療法の基盤には「認知療法」と「行動療法」の考え方があります。ここでは、「認知療法」の考え方を見てみましょう。
「認知療法」とは、偏った認知に働きかけ、柔軟な考え方が出来るようにする療法です。
気持ちが動揺した時につい悲観的に物事を捉えるなど、人は人生を通して培われてきた考え方の癖があります。認知療法では、このような考え方の癖に気が付き、楽になれる考え方を新しく加えられるよう試みます。
行動療法とは
「行動療法」では、「出来事に対して起こした行動」に注目します。今起こしている行動以外に、どのような行動が適切だったか考え、それを実行することで問題の解消を目指します。
例えば、強迫性障害で頻繁に手を洗わないと落ち着かないとい方に対して、まずは5分間我慢する、10分我慢する、1時間我慢する、など徐々に慣れさせていくことで最終的に「頻繁に手を洗わなくて大丈夫」と実感できるようにする「エクスポージャー法」などがあります。
問題になっている行動は、生活を通して学習されたもので、適切に学習し直すことで問題が解決できると考えるのです。
「認知療法」と「行動療法」は別々に発展してきましたが、相互に関係していることが分かってきたため、現代では合わせて「認知行動療法」と呼ばれることが多くなりました。
認知行動療法の効果
では、認知行動療法はどのような効果があるのでしょうか。
想像に振り回されず事実を冷静に捉えられるようになる
認知に偏りがあると、現実とはズレた考え方をしてしまうことがあります。白黒思考や、過度にネガティブ・ポジティブなど、自動思考による認知の偏りを明らかにし改善させることで、広い視野を持ち物事を冷静に受け止められるような効果があります。
物事を前向きに考えられるようになる
物事を冷静に捉えられるようになると、必要以上にネガティブな感情になることがなくなります。その結果、自分の良い部分、可能性にも目が向けられるようになり、前向きな思考ができるようになります。
また、落ち込むことが減るので、精神的なエネルギーが溜まり物事への意欲に繋がります。
ストレスの軽減
認知行動療法では、問題となる認知の偏りや行動を変容させるため、ストレスの軽減につながります。
さらに、心理療法の過程では、ストレスの原因を具体的に掘り下げるため「自分にとって何がストレスなのか、どのような経験からそう思うのか」を整理する機会になります。自分自身のストレスの原因を知ることは、自分を客観的に理解したり、ストレスを予防したりすることに繋がります。
精神疾患の予防や改善につながる
認知行動療法は、自動思考や行動を改善させ、ストレスを軽減させる効果があります。そのため、ストレスや自動思考が原因で起こる精神疾患の予防や改善、再発防止に繋がります。
認知行動療法で効果的が期待される病気や悩み
では、具体的にどのような人に認知行動療法で効果があるのでしょうか。
物事を否定的にとらえやすい
ネガティブな出来事に直面した時、つい“自分が悪いのではないか”、“嫌われているのではないか”と考えてしまう人は、認知行動療法で考え方を緩められる可能性があります。
認知行動療法を通すことで、何かあった時でも他者、環境、タイミングなど他の可能性に目を向けられたり、自分を責める以外の対処法を知れたりすると、しんどい気持ちを減らすことができます。
1つの考え方や方法に固執してしまう
1つの考えや方法に固執してしまう人は、認知行動療法を行うことで視野を広げられる可能性があります。
例えば、“些細なことで病気になるのではないかと思う”、“家の鍵がかかったか不安で何度も確認してしまう”などの考えに囚われている場合、認知行動療法の中で実際に行動をしてみることで“思い違いだった”と実感を重ねることができます。
人の顔色を伺ってしまう
人の顔色を伺うことは、社会に適応する一面を持っており大切な行動です。しかし、それが過度になりすぎるとストレスが溜まって、心身が疲れてしまいます。
例えば、“相手に不快な思いをさせないか怖い”、“相手の期待に応えなければいけない”、“Noと言えない”という人は、ストレスを軽減する1つの方法として認知行動療法があります。
また、いわゆるHSPやアダルトチルドレンの人の多くは、人の顔色を窺う傾向があります。このような特徴に当てはまる人は、認知行動療法を受けることで少し楽に生きることができるようになるかもしれません。
うつ病、不安障害などの精神疾患
認知行動療法は、様々な精神疾患に効果があることが分かっています。効果のある代表的な精神疾患は以下のとおりです。
- うつ病
- 不安障害(社交不安・対人恐怖など)
- 強迫性障害
- パニック障害
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
すでに心療内科などの医療機関にかかっている場合は、主治医に相談しましょう。
認知行動療法のメリット
認知行動療法による問題の改善には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
効果の持続期間が長く再発予防効果が高い
認知行動療法による問題の改善は、考え方や振る舞いなど人の根本的な部分にアプローチします。そのため、効果が非常に長いことが特徴的です。
また、1度認知の偏りが修正されると同じような問題が起こりづらくなりますので、再発の予防につながります。
副作用がない
認知行動療法では、ワークやロールプレイを通して進めていきます。そのため、薬を飲んだ時に起こるような副作用がありません。
実践的
認知行動療法は、実体験を整理し、現実的な対処方法について考えていきます。技法によっては、克服したいことを実際に挑戦することもありますので、机上の空論にならず、実践的な問題解決になる可能性が高いです。
認知行動療法のデメリット
一見良いところばかりに見える認知行動療法ですが、人によってはデメリットとなる部分もあります。
時間がかかる
認知行動療法は、1度受けるだけでは効果がありません。何度か回数重ねることで効果を発揮する心理療法です。効果を感じるまでには時間がかかりますので、粘り強く取り組む必要があります。
ただ、精神分析的心理療法や来談者中心療法など、“心理療法”の中では比較的短期間で効果が出る技法と言われています。
費用が高い
認知行動療法の相場は5,000円~/回です。これを複数回行おうと思うとそれなりの費用が必要になってしまいます。
病状や生活環境によっては受けることができない
死にたいくらい辛い気持ちがある時や病気の症状がひどい時には、認知行動療法は行えません。また、認知行動療法を行うことで悪化させてしまう精神疾患もあります。
認知行動療法を行う時には、心療内科医の意見を尋ね、しっかりと効果が期待できるタイミングで行いましょう。
また、生活環境によっても認知行動療法は受けることができません。
例えば、家庭内DVを受けている人が“パートナーの顔色を伺うことをやめたい”と希望しても、認知行動療法よりもまずは安全な環境を作ることが優先されます。
提供できる機関が限られている
認知行動療法を行える機関は限られており、全ての心療内科、精神科、もしくはカウンセリング施設で行えるわけではありません。そのため、心療内科などで受けようと思っても近くになく、気軽に受けることが出来ない場合があります。
認知行動療法の種類
認知行動療法の中には様々な技法があります。ここでは、代表的な技法をいくつか紹介します。
コラム法
認知行動療法の中でも、最も代表的な技法として「コラム法」があげられます。
コラム法では、専門のフォーマットの項目に沿って「出来事」「気分」「自動思考」「感情の点数化」「適応的思考」「感情の変化」などを記載していきます。
コラム法を用い「気持ち」と「考え」を意識的に分けることで、異なる考え方を取り入れることができるようになっていきます。
マインドフルネス
マインドフルネスは、五感を使って今に集中する方法です。
例えば、五感を意識しながら食べ物を食べたり、吸う息と吐く息を感じながらゆっくり腹式呼吸をしたり、大地を感じながら静かに歩いたりするなど、様々な方法があります。
このような方法を通して今に目を向けることで、過去や将来へのとらわれから自由になり、自分や周囲に思いやりを持てるようになります。
暴露療法(エクスポージャー法)
暴露療法(エクスポージャー法)とは、不安や恐怖を感じる場面にあえて晒すことによって徐々に慣れさせ、不安や恐怖を減少させることを目的とした技法です。
過激な内容に聞こえるかもしれませんが、無理矢理怖いことをするわけではなく、安全を確保しながら勧めていきます。
SST
SSTとは、Social Skills Training(ソーシャルスキルトレーニング)の頭文字をとったものです。SSTでは、プログラムを通して「病状が悪くなった時の対応方法」「金銭の管理」など社会生活に必要なスキルをロールプレイ形式学んでいく技法です。
子ども向きと思われる方もおられますが、全年齢が対象となっています。
アサーショントレーニング
アサーショントレーニングとは、自分の意見を適切に伝えるコミュニケーションを目指す方法です。
相手とコミュニケーションをとる際に、意見を言えなかったり、一方的に押しつけたりすると、うまく意思疎通がとれません。そこで、アサーショントレーニングでは、自分の意見を大切にしつつ、相手の意見も尊重するバランスのとれたコミュニケーションが行えるように学んでいきます。
認知行動療法の流れ
認知行動療法では、ざっくりと以下のような流れで行います。ただし、人によって困りごとや生活環境は異なりますので、一人ひとりに合ったアプローチを進めていきます。
- 問題に感じていることの確認や評価
- 目標の決定
- コラム法やリラクゼーション法など治療の実施
- 治療の効果に基づいたステップアップや修正
- 再発防止を目的とした心理教育
流れの中で疑問がある時には主治医や心理士に相談しましょう。
参考厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業「うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアル」
認知行動療法を受けるには
では、具体的に認知行動療法を受ける方法について見てみましょう。
受けることができる場所
認知行動療法を受けるには大きく分けて①病院(心療内科、精神科)、②カウンセリング施設があります。
ただし、先にも述べたように全ての場所で認知行動療法を行える訳ではありません。電話などで事前に認知行動療法を受けることができるか確認しておくと安心です。
時間や頻度、治療期間
1回あたり30~60分前後、頻度は1~2週間に1回が平均的です。
総回数は、5~20回以内に設定されていることが多いですが、相談内容の種類や状態、どのくらいの頻度に通えるかによって変わってきます。集団認知行動療法では、1回あたり数時間設け、回数を少なく設定している機関もあります。
費用相場
費用は、5,000~15,000円が相場と言われています。
医療機関で、特定の医師が認知行動療法を行う場合、健康保険が適応されますが、実際に行っている心療内科、精神科は非常に少ないというのが現実です。
自分で認知行動療法を行うには?
認知行動療法を受けたいけれど心療内科はハードルが高い人もいると思います。そこで、簡単に自分で行う方法を紹介します。
本やワークシート
1つ目に、本やワークシートで認知行動療法を行う方法があります。
本屋では、心理学コーナーに行くと売っていることが多いです。実際に書きながら進めていきますので、なるべく本格的に近い形で行いたいという人はこちらの方法がオススメです。多くの場合、理論やコツについても載っているため、認知行動療法をより深く知れるでしょう。
アプリ
2つ目にアプリという方法があります。
今日、アプリストアで認知行動療法と検索すると様々なアプリが出てきます。隙間時間や片手間で行えるアプリも多いため、お試しで取り組みたい人や、忙しい人はこちらの方が向いているでしょう。
認知行動療法以外の治療手段
心の問題の解決方法は、認知行動療法以外にもあります。薬、環境改善、他の心理療法など選択肢は様々で、問題によってはそれらの方が早く改善に繋がる場合があります。
自分に合った解決方法を知りたい人は、心療内科医や心理士に相談してみましょう。
まとめ
いかがだったでしょうか?
認知行動療法とは、考え方や行動に働きかけてストレスを減らすことを目指す心理療法です。心の問題に対して薬に頼らず改善が期待でき、効果の期間も長いことが特徴ですが、合わない人もおられます。心療内科などの専門機関で行っていますが、全ての機関で対応している訳ではないので確認が必要でしょう。適切に取り入れることで、ストレスの軽減に繋がればと思います。
監修 佐々木裕人(精神科専門医・精神保健指定医)