職場のメンタルヘルス対策は、言い換えれば「うつ病」への対策です。うつ病の場合、当事者にとっても明確なサインが分かり辛いため、「自分は病気である」という認識(病識)が乏しく、大切なことでもある「早期発見・早期治療開始」に結び付かないことがあります。そこで、職場におけるメンタルヘルス不調のサインとして「ケチな飲み屋」のサインというものを知っておきましょう。
職場におけるうつ病のサイン“ケチな飲み屋”とは?
人間の心を観察し、評価するのは難しいため、職場における「行動の変化」を目安にする方が明瞭でしょう。以前と比べ、言動が変化することは重要なサインです。滅多に弱音を吐かない人が泣き言を言うようになったら、それはうつ病のせいであるかもしれません。
「ケチな飲み屋(ケチナノミヤ)」というのは語呂合わせで、それぞれ、以下の頭文字をとっています。もちろん、これらが当て嵌まったら心の病気であるとは必ずしも限りません。確かに、まずはうつ病を疑わなくてはいけませんが、ローンや家族の問題…等々、プライベートな悩みでこれらが現れることもあります。
・「ケ」…欠勤
・「チ」…遅刻や早退
・「ナ」…泣き言をいう
・「ノ」…能率の低下
・「ミ」…ミスや事故
・「ヤ」…辞めたいと言い出す
① 欠勤、遅刻・早退
うつ病などのメンタル不調になりやすい人の特徴をひと言で述べると、周りに楽をさせる働き者の「よい子(いい人)」であり、普段は欠勤や遅刻・早退とは余り縁がありません。ですから、常習者は別として、以前とは異なる欠勤、遅刻が起こっている場合、何かしらの不調や事情が生じている可能性が考えられてきます。
② 能率の低下
うつ病では知的能力は低下しません。しかし、考え(思考)が進まず、判断や決断に時間が掛かってしまうため、結果として仕事の能率が低下します。特に業務量が増えたわけではないのにパフォーマンスが急激に低下した場合、「ひょっとしたらメンタルの病気…?」と一度考えてみることが大切です。
③ミスが増える
うつ病の土台は脳の慢性疲労ですから、集中力や注意力が長続きしなくなります。また、不眠症も伴いやすいので、仕事上のミスや、通勤時の事故が起こりやすくなります。そしてそのことが、焦りや焦燥感、自己否定感にも繋がり、ご自身を増々追い詰めてしまうという悪循環に陥りがちです。もし、以前は問題のなかったベテラン社員さんが急にミスを繰り返すようになった場合、うつ病や過労が背景にある可能性は充分に考えられるでしょう。
④ 辞めたいと言い出す、泣きごとを言う
特別なキッカケがないのに、「仕事(会社)を辞めたい」と言い出すというのは、とても重大なサインであり、時として自殺したい気持ちの間接的な表現であることすらあり得ます。終身雇用制は過去のものになり「転職でキャリアアップをしよう」という風潮が強くなっているとは言っても、普通の人はそうそう転職を考えるものではありません。それまで我慢強かった「よい子(いい人)」が、いきなり「仕事がきつい」「この仕事に向いていない」「お先真っ暗だ」等と泣きごとを言い出したら、うつ病のサインである可能性はかなり高いと言えるでしょう。
どうしてうつ病になってしまうのですか?
うつ病は「脳」という内臓が過労状態(慢性疲労)になって起こる病気です。その原因となるのは、職場関係では、何と言っても長時間労働などによる睡眠不足による脳の過労状態です。さらに家族と暮らしている方、特に女性の場合、家に帰っても「家事という勤務」があるため、睡眠不足になりがちです。また、プライベートのストレスが理由で睡眠不足になり、あれこれ悩み続けて、脳が疲労してうつ病を発症する場合も3~4割あります。
但し、過労死の場合とは違って、月何時間程度残業をしたら、どれだけうつ病になりやすくなるのかという科学的なデータはまだありません。長時間労働そのものが、直接うつ病を引き起こすというよりも、長時間労働による睡眠不足や不眠症がうつ病を引き起こすと考えられています。
脳の過労について、もう少し医学的に言いますと、「元気の素」であるセロトニンやノルアドレナリンといった物質が足りなくなった状態です。そうなると仕事をするエネルギーがすり減った状態になって、電池切れをしやすくなった携帯電話のようになってしまいます。ですので、健康な人の一時的な落ち込みとは根本的に違うので、旅行や温泉などの気晴らしをしても治らないため、治療を受ける必要があるのです。もちろん、気合いでは治せません!
うつで治療中の方を励ますのがタブーなのはこのためです。電池が少なくなった携帯電話に「がんばって、もっと通話させて」と励まし続けても、電池はなくなる一方で何の解決にもなりません。それと同じなのです。だからこそ、うつ病の治療にも充電が必要で、脳の疲労に対しては休養(休業・休職や、仕事や家事の軽減)、足りなくなった「元気の素」を補うために薬を飲む必要があるのです。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
★参考・引用文献:鈴木安名著『働く女性のメンタルヘルスがとことんわかる本』(あけび書房)
★参考HP:『こころの耳』(厚生労働省)