現在、不眠症などの治療に使われている睡眠薬は大きく3つに分けることができます。それは「GABAの働きを強める薬(ベンゾジアゼピン受容体作動薬)」「メラトニン受容体作動薬」「オレキシン受容体拮抗薬」の3つです。
一つ目は、不安を和らげ、眠りをもたらす「GABA(ギャバ)」という脳内物質の働きを強める薬です。これを「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」と言います。GABAの働きを強めるタイプの睡眠薬は、日本における睡眠障害の治療で最もよく使われるものです。具体的には、トリアゾラム(商品名:ハルシオン)、エチゾラム(商品名:デパス)、ゾルビデム(商品名:マイスリー)、ゾピクロン(商品名:アモバン)等が挙げられます。
二つ目は、日本では2010年から治療で使われ始めた「メラトニン受容体作動薬」です。睡眠に欠かせないホルモン「メラトニン」を模倣することで眠気をもたらす薬です。具体的には、ラメルテオン(商品名:ロゼレム)、メラトニン(商品名:メラトベル)が含まれます。
三つ目は、「オレキシン受容体拮抗薬」です。オレキシンとは、人が安定して覚醒し続けるために必要な脳内物質です。このオレキシンの働きを邪魔することで眠気をもたらす睡眠薬になります。具体的には、スボレキサント(商品名:ベルソムラ)、レンボレキサント(商品名:デエビゴ)が含まれます。
これら三つのタイプの睡眠薬のほかに、「バルビツール酸系」及び「非バルビツール酸系」と呼ばれる睡眠薬がかつては使われていました。しかし、副作用が強く、服用をやめるとけいれん発作等の激しい退薬症状がみられることから、現在では基本的に睡眠薬としては使われていません。
なお、どの薬をどの位の容量で使うのかは、年齢や症状等によって異なります。また、睡眠薬を使わなくとも、生活習慣や睡眠に対する意識を見直すことで問題が解消されることもあります。睡眠について気になることがある場合は、自己判断せずに、必ず専門家に相談して下さい。
GABAの働きを強める薬
脳では、「神経伝達物質」と総称される様々な物質を使って、情報の伝達を行っています。例えば、情緒や意欲に関係するのが「ドーパミン」という神経伝達物質であり、気分と関係するのが「セロトニン」です。こうした神経伝達物質の働きが乱れると、睡眠障害や精神障害に繋がることがあります。
神経伝達物質の中でも、不安やイライラを取り除き、眠りに導く働きをもつのは「GABA(ギャバ:ガンマアミノ酪酸)」という物質です。GABAはアミノ酸の一種であり、植物や動物の体内に広く存在しています。ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、このGABAの働きを強めるものです。
GABAは、睡眠だけでなく、記憶や運動など様々な脳の働きに関与しています。そのため、このタイプの睡眠薬を服用すると、眠くなることのほかに、幾つかの副作用が生じることがよく知られています。例えば、筋肉が弛緩する(ゆるむ)ことにより、ふらつきや転倒が起きやすくなってしまいます。また、睡眠薬を服用した後に起きた出来事を覚えていなかったり(記憶障害)、長期に大量に服用していた人が中断すると、不眠が悪化したり(反跳性不眠)することがあります。
「ベンゾジアゼピン」という言葉は耳慣れないものですが、実は、分子の形を表しています。「ベンゼン環(六角形)」と「ジアゼピン環(2個の窒素を含む七角形)」という構造を併せもつ骨格のことを「ベンゾジアゼピン骨格」というのです。
動物の体内にはベンゾジアゼピン骨格を持つ物質が結合できる場所があり、それを「ベンゾジアゼピン受容体(GABA受容体ともいう)」と呼んでいます。人間の脳の大脳辺縁系にもベンゾジアゼピン受容体があります。ここにベンゾジアゼピン骨格を持つ物質がくっつくと、GABAの働きが強まり、眠気がもたらされるのです。
このベンゾジアゼピン骨格を持つ物質のことを「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」と呼んでいます。1960年代に開発され、眠気をもたらす効果のほかに、筋肉を緩ませる(弛緩)効果などをもつため、ふらつきや転倒といった副作用が生じやすいと言われています。
◆ 薬が効く長さによって4つに分類 ◆
睡眠薬を服用すると、暫くすると血液中の薬の濃度が最も高くなり、その後、薬が肝臓で分解されるなどして、血中の薬の濃度が低くなっていきます。服用してから、血中の薬の濃度が最高値の半分になるまでにかかる時間を「消失半減期」と言います。
GABAの働きを高めるベンゾジアゼピン受容体作動薬は、この消失半減期の長さによって、「超他時間作用型」「短時間作用型」「中間作用型」「長時間作用型」の4つに分類されています。超短時間作用型は、「睡眠導入剤」と呼ばれることもあります。
不眠症には、様々なタイプがあり、中でも、寝つきの問題のある「入眠障害」の場合は、超短時間作用型や短時間作用型の睡眠薬が用いられるのが一般的です。このタイプの方は、寝つくことができれば、その後は眠り続けることができるため、長く効果のある薬は必要ないのです。
★超短時間作用型:ゾルビデム(商品名:マイスリー)、トリアゾラム(商品名:ハルシオン)、ゾピクロン(商品名:アモバン)、エスゾピクロン(商品名:ルネスタ)
★短時間作用型:エチゾラム(商品名:デパス)、ブロチゾラム(商品名:レンドルミン)、リルマザホン(商品名:リスミー)、ロルメタゼパム(商品名:エバミール、ロラメット)
★中間作用型:フルニトラゼパム(商品名:サイレース)、エスタゾラム(商品名:ユーロジン)、ニトラゼパム(商品名:ベンザリン、ネルボン)
★長時間作用型:クアゼパム(商品名:ドラール)、フルラゼパム(商品名:ダルメート)、ハロキサゾラム(商品名:ソメリン)
メラトニン受容体作動薬
夜になると「メラトニン」というホルモンが脳から全身へと排出されます。これによって眠りに入りやすくなると言われています。メラトニンを排出するように司令を出しているのが、体内時計をコントロールしている、脳の視交叉上核です。ここで光刺激を感知し、メラトニンの放出をコントロールしています。そしてここには「メラトニン受容体」があり、メラトニンがくっつくことによって、メラトニンの分泌を調整していると考えられています。
このメラトニン受容体を刺激することによって、眠りを引き起こすことのできる睡眠薬「ラメルテオン(商品名:ロゼレム)」が日本で開発され、2010年から治療で使われるようになりました。2020年に販売された「メラトニン(商品名:メラトベル)」は、小児の睡眠障害の改善のために処方されています。この薬は、脳を“夜モード”に変えることができるという点が画期的です。
GABAの働きを強める睡眠薬は脳全体の働きを抑制して、強い催眠効果をもたらします。それに対しラルメテロンは、メラトニン受容体だけを刺激するため、催眠効果は比較的弱いものの、自然な眠りをもたらします。副作用には個人差があり、転倒や記憶障害などはありませんが、倦怠感や眠気が残ることもあります。したがって、「個人差がありますが、副作用は少ない」と言われています。
オレキシン受容体拮抗薬
「オレキシン」は、私たちが安定して覚醒し続けているために必要な脳内物質です。このオレキシンの働きを邪魔することで眠りをもたらす睡眠薬が「スポレキサント(商品名:ベルソムラ)」です。2020年には、同じくオレキシン受容体拮抗薬として、「レンボレキサント(商品名:デエビゴ)」も発売されました。
スポレキサントとレンボレキサントには、脳の活動を鎮める働きがあるため、日中の活動が活発だったり、翌日のことが気になったりすることで不眠になっている人には効果があります。ただし、レム睡眠を増やすので「悪夢を見やすくなる」という副作用があります。どのような薬でも言えることですが、副作用が出た時には、まず主治医に相談しましょう。
さいごに
メラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬は、従来の睡眠薬と比べて、副作用の少ない薬と言われていますが、人によってその効果や副作用は異なります。仕事が休みになる前などに服用をして、副作用がないかどうかや、効果の強弱についての確認をすると良いでしょう。メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン、メラトニン)とオレキシン受容体拮抗薬(スポレキサント、レンボレキサント)を併用して、両方のいいとこどりをするケースもあります。2014年12月にはダレドレキサント(商品名:クービビック)という新しいタイプの薬の不眠症への適応が開始されています。
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Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
参考引用文献:Newton別冊『睡眠のサイエンス』