ある日の新宿ペリカンこころクリニック
ペリスケ君は食べ過ぎで胃が痛くなってしまい、先生に漢方薬を処方してもらいました。
服薬して数時間後、ゆっくり休んだペリスケ君は先生の所に向かいます。
今日も漢方薬のこと勉強していこうか。
胃腸の不調で処方されることのある漢方薬とポイント生薬
四君子湯
人参、白朮、茯苓、甘草、生姜、大棗→脾の働きを改善し、気を補う
六君子湯
人参、白朮、茯苓、甘草、生姜、大棗→脾の働きを改善し、気を補う
半夏、陳皮→気を巡らせ痰をのぞく
人参湯
乾姜→お腹を温め、冷えによる腹痛や下痢を治療する
人参、白朮、甘草→脾の働きを改善し、気を補う
半夏瀉心湯
半夏、乾姜→お腹を温め、冷えによる腹痛や下痢を治療する、吐き気を止める
黄芩、黄連→熱を冷まして湿をのぞく
人参、甘草、大棗→脾の働きを改善し、気を補う
ポイント生薬
胃腸の不調時にポイントとなるのは脾の働きを改善し、気を補う作用「補気建脾」(ほきけんぴ)作用を担う生薬たちです。
この生薬たちが働くことで臓器を動かす元々のエネルギーである気を作り出し、消化吸収を担う脾の働きを改善してくれます。
人参(にんじん)
人参の基原はウコギ科のオタネニンジンの細根を除いた根またはこれを軽く湯通ししたものです。
耐寒性に強く土壌の栄養を根にため込む力があり、これが補益の源泉と言われています。
補中益気湯、六君子湯、十全大補湯にも用いられている生薬で気を補う生薬と言えば構成生薬に名を連ねるほどに重要な生薬です。
朝鮮人参と言う名で呼ばれているのがこの生薬で私たちが食べている人参とは違います。
気を補い弱った臓腑が動き、疲労倦怠、全身の機能低下を改善します。
また、脾胃の力を補う力もあるので食欲不振や胃腸虚弱の改善にも用いられます。
それだけでなく、肺気を補い風邪の予防、心に働き精神安定と一人何役もこなします。
白朮(びゃくじゅつ)(四君子湯、六君子湯、人参湯)
白朮の基原はキク科のオケラの根茎またはオオバナオケラの根茎です。
蒼朮とは同じ体の余分な湿気をとり除く作用がありますが、消化器の機能を高める力は蒼朮よりも白朮の方が優れています。
湿をとり除き、弱った消化器官を補うことから倦怠感、食欲不振、胃もたれなどの改善に効果があります。
また、湿気をとり除く効果からむくみ、めまい、ふらつき、関節痛などにも用いられます。
蒼朮とは類縁でありながら、香りも有効成分も違いますが一緒に用いることで湿気をとる力を高めることが出来るため同じ漢方薬の構成生薬として使われていることも。
茯苓(ぶくりょう)(四君子湯、六君子湯)
茯苓の基原はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、通例、外層をほとんど除いたものです。
はれを鎮め、身体の表面の邪を払う効果があります。
茯苓はキノコの一種で、表面の皮は茯苓皮として体表部の水分を取り除く作用がありますがこれは「皮を以って皮を治療する」と言う考え方に基づくものです。
余分な水分を取り除く利水さようもあり、めまい、むくみなどの症状を改善してくれます。
また、脾の気を補う力、精神的な安定作用、食欲不振、胃もたれ、吐き気などの消化器症状にも良く組み合わされ不安、不眠、動悸にも使われています。
生姜(しょうきょう)(四君子湯、六君子湯)
生姜の基原ははショウガ科のショウガの根茎で、ときに周皮を除いたものです。
小青竜湯の時に紹介した乾姜と同じショウガから作られている生薬ですが、その薬効には同じ所と違う所があります。
生姜、乾姜共に脾胃を温める力がありますが乾姜の方が勝ります。
ただし、生姜には発汗作用、止嘔作用、解毒作用があるのです。
軽く発汗させることで悪寒、発熱、関節痛、咳を軽減します。
またその止嘔作用は優れており、嘔吐を伴う胃腸炎やつわり、胃腸保護として多くの処方に含まれることも。
生姜がもとになっているお寿司などに添えられている「ガリ」はこの生姜の解毒作用を用いたもので、生魚によって冷えたお腹も温めてくれます。
生姜はショウガとして食材に使用出来、効果も得られます。
生活に取り入れやすい生薬とも言えるでしょう。
半夏(はんげ)(六君子湯)
半夏の基原はサトイモ科のカラスビシャクのコルク層を除いた塊茎です。
夏の半ばに花を咲かせることからその名がつけられました。
近年はあまり見かけませんが田畑や山の道端に自生していることもあるくらいに身近な植物です。
身体の湿気を取り除くことで「湿」と関連する痰の多い咳、嘔吐、めまい、胸のつかえなどに効果があります。
また、胃の辺りの水分の停滞を改善するのにもよく利用されています。
使用されている漢方薬で特に有名な半夏厚朴湯は検査しても異常が無いのに喉に何か詰まっているような感じを覚えるヒステリー球、梅核気の処方として使用されますが。
それは、この「つかえをとる」効果から来ています。
つかえをとることで「気」も巡らせるため、抑うつ症状にも使用されています。
陳皮(ちんぴ)(六君子湯)
陳皮は基原がミカン科、ウンシュウミカンの成熟した果皮のことを指します。
つまりミカンの皮です。
ミカンは薬膳的には実と皮で効果が異なるため、ミカンの実を食べても陳皮と同じ効果では無いので注意して下さい。
柑橘類の生薬は酸味、甘味のバランスと成熟未成熟の効能で分けられます。
気を巡らせる作用で代表的な「理気」(りき)剤です。
その中でも甘味のある陳皮は気を巡らせて「湿」、お腹に溜まった食べ物を取り除くため吐気、胃もたれ、お腹の張りなども改善してくれます。
日本は元来「湿」が高い地域のため陳皮は日本で使われる重要な生薬となっています。
また、陳皮はその温性の性質からお風呂に入れたり、紅茶に入れると体が温まります。
構成生薬として使われている代表的なものとしては二陳湯、六君子湯、平胃散、半夏白朮天麻湯、茯苓飲など。
どれも胃腸周りに陳皮が活躍している漢方薬です。
理気作用としてはその名も名前に含まれている抑肝散陳皮半夏などが有名です。
気を巡らせる効果と、理気作用で気滞や水毒の体質の方には合う生薬です。
乾姜(かんきょう)(人参湯、半夏瀉心湯)
乾姜の基原はショウガ科のショウガの根茎を湯通ししまたは蒸したもの。
私たちが慣れ親しんでいるショウガから作られている生薬です。
生薬には同じショウガ由来の乾姜と生姜(しょうきょう)があります。
日本では、生姜はショウガを乾燥させたもの乾姜はショウガを加熱したものとされています。
ショウガを加熱するとジンゲロールと言う成分がショウガオール、ジンゲロンと言う成分へと変化し辛味と温める作用を強めてくれます。
特に胃腸や肺、四肢を温める作用と体内の冷えた不要な水分を温め除く働きがあります。
冷えだけでなく水っぽい透明な痰や鼻水、慢性鼻炎、花粉症にも用いられます。
黄芩(おうごん)(半夏瀉心湯)
黄芩の基原はソ科のコガネバナの周皮を除いた根です。
熱邪をさます以外に、湿邪をとり除き特に上半身、肺熱(呼吸器感染症)をよくさまします。
咽頭炎、咳、黄色痰、胃熱による口内炎、吐き気、みぞおちの膨満感、下痢、目の充血、熱による不眠などに用いられ鼻血や吐血などの出血症状に用いられることも。
湿をとり除く作用がとても強い反面、もともと血や津液の不足している血虚、陰虚の人には副作用に注意して使用する必要があります。
副作用として知られているのは肝障害や間質性肺炎です。
黄連(おうれん)(半夏瀉心湯)
黄連の基原はキンポウゲ科のオウレンの根をほとんど除いた根茎です。
主要成分が「ベルベリン」と言う名の苦味が非常に強い生薬です。
実熱による様々な症状に字幅広く使われていますが、特に心や胃の熱さを冷ますのに優れています。
焦燥感、精神的な興奮症状、不安、焦り、それに伴う不眠、熱感、発汗など心熱による症状に強いのが特徴です。
他にも、下痢や嘔吐などの消化管の炎症、皮膚の湿疹にも用いることがあります。
また、血熱による鼻血や吐血にも用いられます。
構成されているものが多いね。
合わせて違いをまとめてみよう。
体質からみる胃腸の不調
胃腸のトラブルは原因も様々、また出てくる症状も胃痛、腹痛、食欲不振、下痢、吐き気など様々です。
ポイント生薬の所でもご紹介しましたが消化吸収を担う「脾」の不調からこのような症状が現れます。
また、ストレスなどの精神的な面からも胃腸はダメージを受けやすく胃腸が弱っている時は胃腸に負担をかけない生活を心掛けるだけでなくストレスをため込まないことも重要です。
胃腸のトラブルを大きく分けて考えます。
「脾気虚」による胃痛や食欲不振、脾陽虚による下痢、その他不摂生による胃腸の不調です。
まずは、脾気虚による胃痛や食欲不振についてです。
これはもともと胃腸が弱く、普段から食欲が低下しやすい方に多い体質です。
例えば、お腹が弱い、食べるともたれる、脂っこいものが苦手、小食など。
思い当たる方は脾気虚タイプの可能性があります。
脾は気、血を作り出すところなので脾気虚になると元々のエネルギー不足がおき全身の気虚にもなりやすくなります。
このタイプの方には、脾気を養う「四君子湯」がおすすめです。
しかし、消化不良の状態が慢性化すると痰飲(たんいん)と言う水分代謝が滞った状態が起きやすくこうなった場合は四君子湯に痰飲を処理するはたらきを持つ半夏と陳皮を加えた「六君子湯」がおすすめです。
次に、脾陽虚による下痢は全体的に寒がりの方に多くみられます。
もともと胃腸が弱く、冷たいものを食べたり飲んだりするとすぐに下痢してしまう方はお腹を温める作用のある「人参湯」(にんじんとう)がおすすめです。
人参湯は、補気建脾作用に加え体を温める乾姜も加わっているためお腹を温める作用がより強く消化機能を高めてくれます。
最後に、不摂生による胃腸の不調です。
食べすぎ飲みすぎ、ストレスなどが原因の胃痛、胸焼けで胃腸が元々強い方でも起きてしまうことがあります。
この場合は、熱をもってムカムカしている胃を冷ましてくれる黄芩と黄連。
熱をとる一方で冷やし過ぎないように温めてくれる半夏、乾姜が入った「半夏瀉心湯」(はんげしゃしんとう)がおすすめです。
半夏瀉心湯を処方してくれたんだ。
胃が丈夫だからね。
薬膳とか。
ツボ押しとかも良いかも知れないよ。
胃を元気にしてくれるツボを紹介しようかな。
養生とは
漢方と言う言葉は単純に漢方「薬」だけを指しているのではないことをご存知でしょうか?
実は、「漢方」は西洋医学を「蘭方」と呼んだのに対しつけられたことが始まりで。
中国古来の自然哲学に基づく医学、薬学、養生学をさします。
つまり、漢方は漢方薬だけでなく鍼灸、気功、按摩、薬膳。
また、日々健康に気を付けて生活する日々の養生までが含まれているのです。
養生は、日々の生活に制約を与えるものではありません。
楽しく健康に暮らしていくために備えておくことですので、自分に出来ること出来そうなことを生活に取り入れていくことが大切です。
「胃腸の不調」におすすめのツボ
中脘(ちゅうかん)
みぞおちとへそを結ぶ線の中間あたりにあるツボです。
胃がつらい時、食欲のない時に胃を元気にしてくれます。
痛みが強い時は指で撫でるだけでもOK、それだけでも気の流れが整います。
合谷(ごうこく)
親指と人差し指の付け根の谷になった部分にあるツボ。
胃痛を和らげ、ストレスをとり除いてくれます。
合谷は幅広い症状にきく「万能ツボ」とも言われています。
おすすめの食材も紹介しておくね。
鮭
鮭は内臓を温め、脾と胃の働きを回復する作用があります。
お腹の冷えからくる便秘、腹痛、消化不良、食欲不振に効果的。
また、気と血を補ってくれる効果もあるので気虚でエネルギー不足の体にもピッタリ。
他にもお腹の張り、胸苦しさ、肩こり、頭痛などの症状にも効果的なので胃の不調以外でも継続して食べると良いでしょう。
アジ
アジは温性のため、身体を温めてくれる作用があります。
特に胃の冷えを改善してくれる働きが強いので冷たいものを食べた後に起こる腹痛、下痢、便秘などの予防に効果的です。
また、脾胃の働きも高めてくれるので消化不良、食欲不振の時にも良い食材です。
脾陽虚タイプで冷たいものでお腹を壊しやすい方はアジで予防してみてはいかがでしょうか。
大根
大根はお腹を丈夫にし、消化を促進する作用があります。
食べすぎや、胃が重い時、お肉料理の後、胃が張っているような感じがしたら大根おろしを食べたり、おろし汁を飲むと緩和されます。
また、ストレスを緩和させる作用もあるのでストレスを感じやすい人にもおすすめ。
食べすぎやイライラなどで胃に不調が出ている時に是非選んでいただきたい食材です。
食べることで補われるからね。
腹八分目で食べることも養生の一つだよ。
こうしてペリスケ君の漢方薬入門の日々は続いていくのでした・・・
出典:
現場で使える薬剤師・登録販売者のための漢方相談便利帖 杉山卓也著 SHOEISHA
生薬と漢方薬の事典 田中耕一郎 編著 日本文芸社
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監修者 佐々木裕人(精神保健指定医、精神科専門医)