ある日の新宿ペリカンこころクリニック
不眠の漢方は用途に合わせて様々だから
不眠の原因でグループ分けして紹介していこう。
体質や原因からみる不眠とおすすめ漢方、ポイント生薬
はじめに、不眠と一口に言っても寝付けない、眠りが浅い、途中で目が覚めるなど症状は多岐にわたります。
そのような不眠の症状が続くと、日中の倦怠感や集中力の低下など生活に悪影響を及ぼします。
夜は陰の時間、陰の働き陰陽のバランスが重要な時間です。
また、五臓の「心」と「肝」の働きも睡眠には大きく関わってくるのです。
血虚、陰虚による不眠
この場合関係してくる大きな要素は生活の乱れです。
先ほども説明したように夜は陰の時間で、陰には身体を鎮めてくれる作用があると考えられていますが、夜遅くまで起きているなど生活リズムに乱れが生じた状態が続くと心身が疲弊し「血」が消費され陰が足りなくなっていきます。
すると、身体を鎮めることができず陽である気の働きばかりが溜まっていき興奮が冷めずなかなか寝付けません。
また、いったん眠りについても眠りが浅く、夢をみたり、すぐに目が覚めてしまったりします。
「血」や陰が少ないと疲れすぎてしまって熟睡することが出来ないのです。
そこで使用されるのが「酸棗仁湯」(さんそうにんとう)
主薬、と呼ばれるメインの生薬である酸棗仁が「血」を補い、精神を安定させてくれます。
また、茯苓の精神安定作用、川芎の血を巡らせる作用、知母が熱を冷ます作用で昂った状態を落ち着かせつつ血を巡らせる効果も期待出来ます。
酸棗仁湯(さんそうにんとう)
酸棗仁→心気を増やし、精神を安定させる
茯苓→水分の代謝を正し脾の働きを改善する、精神を安定させる
川芎→気の流れと血の流れを同時に改善する
知母→体内の陰を補い、熱を冷ます
甘草→構成生薬の働きを整える
酸棗仁(さんそうにん)
酸棗仁の基原はクロウメモドキ科のサネブトナツメの種子です。
ナツメよりも酸味が強いので「酸棗」と言います。
生薬として、ナツメ(大棗)は果実を使いますが酸棗仁は中の種子を利用します。
「疲れているのに眠れない」と言う不眠の症状に用いられる生薬です、これは心の血虚による不眠で、精神も身体も落ち着かずじっとしていられない感じがあります。
動悸や、夢が多くなることもあり即効性はありませんが継続して服用することで次第に心血が補われて安眠効果が得られます。
酸棗仁の酸味も心神を引き締めることで精神を安定させます。
また、酸味は津液を補い皮膚を引き締め汗を止めるため陰虚の寝汗にも用いられます。
茯苓(ぶくりょう)
茯苓の基原はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、通例、外層をほとんど除いたものです。
はれを鎮め、身体の表面の邪を払う効果があります。
茯苓はキノコの一種で、表面の皮は茯苓皮として体表部の水分を取り除く作用がありますがこれは「皮を以って皮を治療する」と言う考え方に基づくものです。
余分な水分を取り除く利水さようもあり、めまい、むくみなどの症状を改善してくれます。
また、脾の気を補う力、精神的な安定作用、食欲不振、胃もたれ、吐き気などの消化器症状にも良く組み合わされ不安、不眠、動悸にも使われています。
川芎(せんきゅう)
川芎の基原はセリ科のセンキュウの根茎を、通例、湯通ししたものです。
血の流れをよくする活血作用があり、血を補う生薬と組み合わせると瘀血が取り除かれて新しい血を効率よく作り出すことが出来ます。
当帰と並ぶ、婦人科系の重要な生薬で「血中の気薬」とも呼ばれています。
気薬、と言うのは気を動かす薬と言う意味です。
肝の気血の流れをよくすることで感情の処理機能を高め、いらだちを鎮め精神的なリラックスを得る効果があります。
また、身体に侵入した風邪を追い出して頭痛などの痛みを止める作用もあります。
陽虚による不眠
眠りは夜、すなわち陰の時間、働きが重要なため陽虚が原因で不眠になる方はそう多くはないですが陽が不足すると体を温める力が弱くなり、冷えから眠りにつきづらくなることもあります。
寝る時に足先が冷たく冷えて眠れない、など冷えを感じている方はこのタイプに該当するかも知れません。
このようなタイプの方は漢方薬を用いる前に湯たんぽなどで身体を温めると睡眠が改善することもあります。
陽虚による不眠に使用されるのは「八味地黄丸」(はちみじおうがん)
滋養作用や「血」の目口を良くする作用、身体を温める作用があります。
身体を温める作用、と言うと風邪の引き始めに飲まれる葛根湯もありますが興奮作用があり眠りの妨げになるので注意して下さい。
八味地黄丸(はちみじおうがん)
地黄、山茱萸、山薬→腎の働きを改善させ、精を増やす
牡丹皮、沢瀉、茯苓→虚熱を冷ます、水分の代謝を正す
桂皮、附子→温めて腎陽を補う
桂皮(けいひ)
桂皮の基原はクスノキ科の樹皮または周皮の一部を除いたものです。
処方名に「桂枝」とつくものの多くにこの桂皮が使用されています。
主な効能は冷えを改善し、痛みを止めるなど。
桂皮はシナモンとほぼ同じ食薬と呼べるため薬膳的にも効果は同じです。
桂皮、と言っても中国では基原植物のケイの若枝を「桂枝」、樹皮を「肉桂」と呼んで区別しています。
枝である桂枝は手足、体表の発汗解熱に優れ。
肉桂は体幹を温める効果に優れています。
更に、心、脾、腎を温め気血の流れを改善し関節痛、痺れ、月経痛をも和らげてくれます。
附子(ぶし)
附子の基原はキンポウゲ科のハナトリカブト又はオクトリカブトの塊根を加工したものです。
附子は元来急性の病気でショック状態になった時や激しく体力を消耗した時に強力に温め補う生薬として使われていました。
生薬で使うものには生のものと加工により主要成分であるアコニチンが減毒されたものの両方があります。
生のものを使用するには専門医の診察が不可欠です。
トリカブトと言うと毒性の強いイメージを抱かれるかも知れませんが体を温めて巡りを良くし、痛みをとる作用があり、冷えて痛む関節痛によく用いられます。
また、寒気の非常に強い感冒、加齢による冷え(腎陽虚)、お腹の冷えによる慢性的な下痢(脾陽虚)にも用いられます。
肝うつによる不眠
緊張状態が長く続くなど、「肝」に負担がかかり感情をコントロールする働きが弱くなってくるとイライラして眠れません。
精神的な興奮も続いている状態のため、眠りも浅く、夢も多いです。
また、目の充血もみられます。
このような「肝」が昂ぶりイライラしている神経過敏の状態の時は「抑肝散」(よくかんさん)、「四逆散」(しぎゃくさん)を用います。
どちらにも「肝」の気をのびやかにしてよく巡らせる働きがあります。
また、最初に紹介した酸棗仁湯を併用することもあります。
抑肝散(よくかんさん)
釣藤鈎、柴胡→肝の機能亢進を改善する
白朮、茯苓、甘草→脾の働きを改善し、水分代謝を正す
当帰、川芎→血を補う、血の流れを改善する
四逆散(しぎゃくさん)
柴胡、芍薬→肝の疏泄作用を促し肝鬱を改善させる
枳実→気を巡らせ、腸の蠕動運動を正す
甘草→痙攣を止め、痛みを止める
釣藤鈎(ちょうとうこう)
釣藤鈎の基原はアカネ科のカキカズラ、時には湯通しまたは蒸したものです。
精神鎮静作用と筋緊張緩和作用をあわせもつ生薬で、イライラを鎮め精神の興奮、筋緊張をおさえてくれます。
抑肝散に配合され小児の夜泣き、熱性けいれんの余殃、高齢者の不安、焦燥感など一見興奮性であるものの背景には繊細な弱さがあると言った場合に用います。
小児から高齢者まで広い範囲、年齢に関わらず使用することのできる生薬です。
てんかんやけいれんに対するさようがあるとされていますが、効果は不十分です。
柴胡(さいこ)
柴胡の基原はセリ科のミシマサイコの根です。
柴胡は気を巡らせる作用に優れ、熱を発散させたり、炎症を抑える作用もあります。
元々は感染症の中期に用いられていた生薬ですが、肝の気をよく巡らせ感情の鎮静や肋骨の下の膨満感、圧痛に使用されています。
また、升麻と同じく気を持ち上げる働きあわせてうつうつとした気持ちを発散させる作用もあります。
心神不安による不眠
五臓の「心」の働きが不安定になって起こる不眠です。
不安感や、気持ちが落ち着かない。
例えるなら横になっても翌日の仕事が気になったり、心配事が色々と浮かんできて眠れないと言う状態です。
このような思い悩んでしまって寝付けない、と言う方には気血を補い心を安定させてくれる「帰脾湯」(きひとう)が用いられます。
人参、黄耆などが気を補い、酸棗仁、当帰などが血を補って心の働きを安定させてくれます。
不安感に加えてイライラなどの神経過敏症状がある場合は、竜骨、牡蛎を含んだ「柴胡加竜骨牡蛎湯」(さいこかりゅうこつぼれいとう)、「桂枝加竜骨牡蛎湯」(けいしかりゅうこつぼれいとう)が用いられることもあります。
帰脾湯(きひとう)
黄耆、人参、白朮、甘草、茯苓、大棗、生姜→脾の働きを改善し、気を補う
当帰→血を補う
竜眼肉、酸棗仁、遠志→心気を増やし、精神を安定させる
木香→気を巡らせ、腸の蠕動運動を正す
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
柴胡、黄芩→肝の疏泄作用を正し、肝鬱を改善する
大黄→熱を冷ます、便を下す
茯苓→精神を安定させる、水分代謝を正す
半夏、生姜→吐き気を抑制する
人参、大棗、桂皮→脾の働きを改善し、気を補う
竜骨、牡蛎→精神不安定を、重さのある生薬で落ち着かせる
桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
桂皮、生姜→辛温薬で発汗させて風寒邪を除く
芍薬→血を補う
甘草、大棗→気を補う
竜骨、牡蛎→精神不安定を、重さのある生薬で落ち着かせる
人参(にんじん)
人参の基原はウコギ科のオタネニンジンの細根を除いた根またはこれを軽く湯通ししたものです。
耐寒性に強く土壌の栄養を根にため込む力があり、これが補益の源泉と言われています。
補中益気湯だけでなく六君子湯、十全大補湯にも用いられている生薬で気を補う生薬と言えば構成生薬に名を連ねるほどに重要な生薬です。
朝鮮人参と言う名で呼ばれているのがこの生薬で私たちが食べている人参とは違います。
気を補い弱った臓腑が動き、疲労倦怠、全身の機能低下を改善します。
また、脾胃の力を補う力もあるので食欲不振や胃腸虚弱の改善にも用いられます。
それだけでなく、肺気を補い風邪の予防、心に働き精神安定と一人何役もこなします。
竜骨(りゅうこつ)
竜骨の基原は、大型ほ乳類の化石化した骨で、主として炭酸カルシウムからなります。
竜となのつく化石ですが恐竜とは関係が無く、サイ類、ゾウ類、マンモスなど、古代の大型哺乳動物の化石です。
歯は長い間かたさを維持していることから「気」の収斂作用が強いと考えられており特に歯牙の化石は「竜牙」(りゅうし)といいもっとも効果が高いと言われています。
牡蛎(ぼれい)と同じように精神を安定させる効果があり、元からもつ収斂作用で身体に必要なものが外に漏れてしまうことを防ぎます。
牡蛎にも言えることですが鉱物系の生薬は効果がどっしりと安定している傾向が強く、この竜骨も「気持ちを座らせる」と評されることがあります。
牡蛎(ぼれい)
牡蛎の基原はイタボガキ科のカキの貝殻です。
「ぼれい」と読みますが冬に美味しい牡蠣の殻のことです。
牡蠣は「海のミルク」と呼ばれる程に栄養価が高く、また食材としても体を潤し「血」を補い精神を落ち着かせてくれる作用があります。
生薬として用いる「ぼれい」もまた動揺する心神、肝を安定させてくれる効果があり不安、動悸、不眠に対する鎮静剤としてよく用いられます。
他にも牡蛎には身体に必要なものが外に出てしまうことを抑える効果と制酸作用があり。
寝汗、失禁、夢精、おりもの対策、胃酸過多にも使用することが出来ます。
胃の不調による不眠
不眠の原因と言えば生活リズム、不安感、イライラと思いつきやすい所ですが実は食べ過ぎが原因で不眠を引き起こすこともあります。
深い眠りを得るには過食や、夜遅い時間の食事など食生活の不摂生を避け胃がしっかると働いていることが重要なのです。
ここでは睡眠ではなく胃にアプローチをします、そこで用いられるのが「安中散」(あんちゅうさん)です。
安中散は、胃痛、胸焼けにも用いられる処方で健胃作用(胃の働きを改善する)のある桂皮や茴香、良姜など胃によい生薬が組み合わさって構成されています。
安中散(あんちゅうさん)
延胡索、縮砂→痛みを止める
茴香、桂皮、良姜→寒邪を取り除く
牡蛎→胃酸を抑制する
甘草→構成生薬の働きを整える、痙攣を止める
茴香(ういきょう)
茴香の基原はセリ科のウイキョウの果実です。
芳香があり、気をよく巡らせ胃気をととのえて消化不良、嘔吐、胸焼け、食欲不振、膨満感などに用いられます。
また、しゃっくりを止めることを期待して使われることも。
温裏薬として冷えから来る腹部の痛みにも利用されています。
フェンネルの名で知られる香辛料、「大茴香(八角)」と区別するために「小茴香」と呼ばれることもあります。
良姜(りょうきょう)
良姜の基原はショウガ科の根茎です。
ショウガ科の植物は、温帯で見られる生姜以外の多くが熱帯、亜熱帯に生きています。
良姜も熱帯植物でタイカレーには欠かせないスパイスのひとつです。
味はとても辛く、生姜とコショウを合わせたような香りがあります。
良姜の辛みは冷えで緊張した腹部を温め痛みをとります。
乾姜と薬効は煮ていますが、環境が冷えによる腹痛下痢に。
良姜は冷えによる腹痛や吐き気によりよいとされています。
また、乾姜は胃肺心にも効き応用範囲が広いのですが良姜は脾胃に特化しています。
思い当たることあったかな?
不眠に効く食材も紹介しておこうね。
ライチ
ライチには脾と胃を高める作用、血を補う働きがあります。
そのため、貧血、不眠、肌荒れ、物忘れの症状に効果的。
気の流れを正常にする働きもあるので、吐き気にもよいでしょう。
ココア
気を補い、心の機能を高めるココア。
疲労、元気不足、集中力の低下、動悸、胸の痛み、物忘れ、不眠などの症状改善に効果的です。
気持ちを安定させる作用もあるので、疲れた時には温かいココアを。
また、体内の余分な水分を尿として排出するので慢性的なむくみ、体の怠さ、冷えを感じる時にもおすすめです。
こうしてペリスケ君の漢方薬入門の日々は続いていくのでした・・・
出典:
現場で使える薬剤師・登録販売者のための漢方相談便利帖 杉山卓也著 SHOEISHA
生薬と漢方薬の事典 田中耕一郎 編著 日本文芸社
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監修者 佐々木裕人(精神保健指定医、精神科専門医)