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【医師監修】大人のADHDの人が職場で直面する課題とは?

Ⅰ.注意欠如・多動症(ADHD)とは?

 

職場で、ケアレスミスが目立ち、デスクはいつも散らかっていて、いつも締め切りに追われている方を見かけないでしょうか。また、出張先では予定を詰め込み過ぎたり、忘れ物が多かったり、無計画に夜更かしをしたり、やる気がある時とない時の差が激しかったり、すぐに怒り出したり……。このような方々がすべてADHDであるとは言いませんが、ADHDの方によく見られる特徴を挙げました。

 

 

これらは、ADHDの代表的な特徴である、不注意(じっと集中し続けられない)、衝動性(計画性なくその場の思い付きで動くなど、我慢が苦手)、多動性(じっとしていられない)が影響していると言われています。かつては、子どもの発達障害として知られていたADHDですが、大人になっても不注意症状が残り易く、そのために社会に適応しづらくなっている現状が分かってきました。

 

 

Ⅱ.成人期のADHDの有病率は?

 

日本におけるADHDの成人の有病率は2.09%と言われています。これは同じ発達障害のひとつである自閉スペクトラム症(ASD)と比較すると約2倍にあたります。ただし、ここで言う有病率は、あくまでの医療機関を受診して診断を受けた人の数ですから、未診断でADHDの傾向を持つ人、診断がつくほどではないけれど、ADHDの傾向を強く持つ人はもっと多くいると言われています。診断がつくかつかないかについては、はっきりとした区切りがあるのではなく、グラデーション状になっているという点が重要です。そういった意味では、ADHDの傾向は多かれ少なかれ誰しも持っている傾向なのです。

 

Ⅲ.ADHDの原因とは?

 

ADHDの原因については、これまで長い歴史の中で様々な推測がなされてきましたが、現在有力なものは、実行機能障害仮説です。実行機能とは、物事を計画立てて、その計画通りに遂行する能力のことです。

 

 

これは脳の非常に高度な働きであり、生後すぐからできるわけではなく、長い年月をかけて様々な経験を通して身につきます。例えば、小学校時代には、遅刻せずに登校するとか、忘れ物をしないように工夫をする、あるいは、夏休みの宿題をどの位のペースで進めれば間に合うかを体感する…等の経験がそうです。この実行機能に関連する脳は、大学生くらいまでかけてじっくりと成熟します。この成長が上手くいっていないのがADHDであると言われています。ADHDの方の脳画像や脳機能を調べた研究でも、明らかに脳の容積や働きに、ADHDではない人との違いが示されています。つまり、本人にやる気がないわけでも、親の育て方が悪かったわけでもないのです。

 

 

最近職場で注目されているのは、子どもの頃にはADHDの診断を受けていなかったものの、大学入学もしくは就職したあたりで初めて躓きを経験したタイプの大人になってから初めてADHDを疑うようになったという方々です。学生時代には比較的成績が優秀なタイプで、大人しい性格であったりすると、授業中に席を立ったり他の人にちょっかいを出す代わりに、絶えず頭の中で空想したり、ノートにひたすら落書きをする等の頭の多動として置き換えられているので、周囲の人(先生・親など)からADHDが見逃されることが多くあるようです。

 

 

しかし、大学生になったのを機に、親元を離れて、自分で朝起きて遅刻せずに授業に出たり、自分で時間割を組むようになって初めて、「実行機能」が追いつかない状況が露呈するようです。卒業論文のような長期的に計画立てて取り組む課題で躓く人もいますし、結婚し子育てに追われるようになって初めて不適応となる人もいます。ご本人の実行機能の能力を上回るような社会的要請があった時に、初めてADHDであることが発見されるのです

 

Ⅳ.職場でよく見られるADHDの具体的なお困りとは?

 

ここでは、ADHDの症状が職場では具体的にどのように現れるかについて詳しく説明します。

 

★机の上がいつも散らかっていて、大事なものでも失くしてしまう:机の上にずっと手つかずのままの謎の書類の山があり、隙間がなくて、ノートパソコンも開けない。

 

★ケアレスミスを繰り返す:書類の誤字脱字に始まり、押印忘れ、コピー機に原本忘れ、メールの送信先間違いなど、ケアレスミスを頻繁に起こす。

 

★複数の仕事があるとパニックになる:例えば、Aの仕事をしている時に、BやCの仕事が割り込んでくると、どれを優先すべきか分からなくなり、パニックになる。また、仕事Aをしながらも、頭の中では「締め切りまでにBが間に合うだろうか」と不安になり、Aを中断して、中途半端にBに手を付けてしまうので、結果的に全てやり掛けのまま残ってしまう。

 

★締め切りに間に合わない:仕事を先延ばしにして中々取り掛からない。締め切り間際になっていつもバタバタと時間に追われている。

 

Ⅴ.ADHDの治療について

 

認知行動療法は、心理療法(カウンセリング)の一種で、特に物事の捉え方(認知)と対処の仕方(行動)に注目して、必要に応じてそれらを変容させながら問題解決を目指すものです。元々はうつ病の方への治療法として開発されましたが、1990年代後半からは成人期のADHDの方への適用されるようになりました。

 

 

ADHDの国際的な治療ガイドラインでは、まずご本人がADHDの知識を得て自分の症状について理解すること(心理教育)、ADHDの諸症状のせいで上手くいっていない場面への対処行動を身につけるような認知行動療法(機能障害への対処法の学習に焦点づけられた認知行動療法)が推奨されています。特に、ADHDの方の注意力を持続する訓練やマインドフルネス、整理整頓などの環境の整え方、怒りへの対処に焦点づけられたものなどが用いられます。この内、心理教育では以下のような事柄をご説明してことになります。

 

 

まずは、ご本人にADHDが発達障害のひとつであることや、原因、特徴、主な対処法をお伝えして、自己理解をして頂きます。例えば、何故職場で頻繁にミスが起こるのか?いつも締め切りギリギリなのは何故か?…等々を、ADHDの特性に即して説明をしていきます。

 

 

もちろん、ADHDに全てが起因するわけではありませんが、これまで「私は仕事にやる気がないからミスしてしまうのだ」「締め切りギリギリなのは、私がだらしないからだ」と理解していた人が、「不注意症状によってミスが生じるのだ」「実行機能障害があるから、計画立てが苦手で締め切りギリギリになってしまうのだ」…等と理解できるようになるのです。さらにそうした自己理解に基づいた対処を考えていくことで適応しやすくなることを知ることは、治療へのモチベーションにも繋がることでしょう。

 

Ⅵ.「三重経路モデル(トリプルパスウェイ・モデル)」とは?

 

先述の「実行機能」の働きが上手くいかないことに加え、近年三重経路モデル(トリプルパスウェイ・モデル)という概念からADHDの諸症状の特徴と主な対処の基本方針が打ち出されてきています。

 

 

1.「抑制機能障害:集中力を求められる課題に集中できず、他のことに気が逸れてしまう傾向。

 

対処の基本方針:集中を妨げる刺激(電話、窓口対応、メール、話し声、ネット等)を減らした環境を用意する。例えば、デスク上に必要のない書類は出さない、電話対応は他の人に頼む、Wi-Fiは切って作業をするなど。

 

2.「報酬遅延障害:時間的に遅く手に入る報酬よりも、すぐに手に入る報酬を好む性質。

 

対処の基本方針:課題を10分刻みに細かく分解して取り組み、小刻みにスモールステップでの達成感を味わえるように工夫する。例えば、締め切りが1ヶ月後の課題ならば、1日ごとに進捗状況をメールさせるなどして、小さなゴールを用意し、その都度評価するようにする。

 

3.「時間処理課題:ある課題を遂行するための所要時間の見積もりの不正確さや、上手くタイミングが取れないこと、現在進行形もしくは現在から未来に経過する時間感覚の不正確さ。

 

対処の基本方針:課題遂行の所要時間を、実際に10分ほどやってみて実測する。そのタイムログに基づいて計画を立てれば、ズレが生じにくい。また、作業中には時間の経過が体感しにくいので、「この作業は10分で終わるはず」と見積もったら、10分のアラームを掛けて作業に取り掛かるようにする。

 

当院(新宿ペリカンこころクリニック)では、ご希望の患者様に、ウェクスラー成人知能検査(WAIS)を施行することが可能な医療機関となっております。

 

ご自身の能力の凸凹の可能性が気になられる患者様、とりわけ発達障害(ADHDやASDの可能性を危惧されている患者様は、御診察の際に、その旨を当院医師にお申し出頂けましたら幸いです。

 

 

Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)

監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)

★参考引用文献:リワークの始め方とレベルアップガイド(星和書店)