役割と責任を持ってみる
愛着障害を抱えたまま大人になった人(=大人の愛障害)が、それを克服するために、安定した愛着スタイルばかりを課題にして追い求めることだけが、どうやら絶対の解決法でもないようです。自分のやるべき役割を担い、それを果たそうとして奮闘している内に、まず周囲の人との関係が安定していきます。そうなることで、最も親密な人(パートナー等)との愛着関係においても、次第に安定していくことが実際にあり得ます。
親密さをベースとする愛着関係というものは、距離が取りにくく、愛着障害を抱えた人にとっては、最も厄介で難易度の高いものになります。その点、社会的な役割や職業的な役割を中心とした関係は、親密さの問題を棚上げして結ぶこともできますし、仕事上の関わりと割り切ることもできます。そうした気楽さが、親密さへの心理的なプレッシャーを軽減してくれて、気のおけない関係を生み出すことにも繋がるのです。
このように、社会的役割、職業的役割という「枠組み」そのものが、愛着不安や愛着回避のジレンマから、ある程度、守ってくれます。そうして、社会的、職業的役割を果たす中で、対人関係の経験を積み、程よく親しい関係を増やしていくことは、愛着不安や愛着回避の克服に、またとない訓練の機会となるのです。
役割を持つこと、仕事を持つこと、親となって子どもを持つことは、その意味で、どれも自分の愛着障害を乗り越えていくきっかけとなり得るのです。どんなに愛着回避が強く、人付き合いが苦手な人も、必要に駆られて関わりを持つようになれば、対人スキルが向上するとともに、人と一緒に何かをする楽しさも体験するようになっていきます。また、愛着不安が強い人の場合、役割を持つことが、しばしば心の安定に繋がります。その結果として、愛着行動にばかり神経を傾けてしまうことから救ってくれるのです。
否定的認知を脱する
愛着障害を抱える人の人生を困難なものにする重要な要因の一つに、否定的認知にとらわれてしまいやすいことが挙げられます。愛着障害を抱える人は、親から肯定的な評価を受けられなかったことが多く、それが他の人との関係にも尾を引き、自分に対して、あるいは周囲の人に対して、否定的な評価を抱きがちです。そしてそのことが、対人関係が上手くいかないことや、自分を活かせないことに繋がります。
その意味で、大人の愛着障害を克服するためには、否定的な認知から脱するということが、非常に重要になってきます。自分を支えてくれる人との関係も良くなり、改善のチャンスがどんどん膨らんでいくのです。逆に、否定的な認知が強いと、折角自分を支えてくれようとしている人に対して、否定的な反応をして傷つけてしまい、改善のチャンスの芽を摘むことになりかねません。
では、否定的な認知を脱するには、どうすれば良いのでしょうか。大事なのは、どんな小さなことでもいいから、自分なりの役割を持ち、それを果たしていくということです。自分にできること、自分の得意なこと、人が嫌がって引き受けたがらないことなど、何でもいいから思い切ってやってみることです。その場合に大切なことは、「すべき」とか「義務」といった、それまで自分を縛っていたものとは、いったん切り離して考えることです。
もっと視野を広げて、まずは気楽に取り組めることから始めます。その過程で、自己否定感を払拭し、「自分にもできることがある」という肯定的な気持ちを回復することが先決なのです。例え、学校や仕事のことでなくとも、その人にできることは、他にも沢山あるのです。
また、否定的認知を脱するには、「全か無か」といった二分法的な認知ではなく、清濁併せ呑んだ、統合的な認知が持てるようになることです。つまり、何か嫌なこと、思い通りにいかないことがあった場合、それを徹底的に否定し、ネガティブな感情に過剰にとらわれてしまうのではなく、事態を冷静に受け止め、「そうなって良かったこともある」という、試練や苦痛からも前向きな意味を見出そうとする姿勢が必要なのです。
これは、ヴァリデーション(認証・承認)と呼ばれるもので、常にそのことを心掛け、実践していくことで、次第に二分法的かつ否定的認知を脱し、視点を上手に切り替えることができるようになります。
ユーモアや頓智といったものは、こうした発想の転換の産物です。高度なユーモアを操る必要はありません。誰でもすぐにできるのは「良いところ探し」をすることです。どんなにひどいことがあっても、それをすぐに否定するのではなく、「何か良いことも必ずあるはずだ」という視点で考え、受け止めるのです。その効果は、目を瞠るものがあります。
どんな人に対してであれ、否定し続けていれば、ネガティブな方向に向かっていってしまいますし、良い所を見つけ肯定していけば、どんどん良い方向に成長していきます。愛着障害を抱えた人にとっては、このことが特に重要な意味を持ってくるのです。
自分が自分の「親」になる・人を育てる
親の保護や導きが期待できず、親代わりとなる存在も身近にいないという場合、大人の愛着障害を克服するための究極の方法は、「自分が自分の親になる」ということです。この「自分が自分の親になる」という考えは、愛着の苦しみを知らない人には、突飛なものに思えることでしょう。しかし、親に認められないことで苦しんできた人、心理的安全基地を持たない人には、きっと心に訴えるものがあるのではないでしょうか。
また、愛着障害を克服していく過程でしばしば観察される現状の一つに、自分が親代わりとなって、後輩や若い人たちを育てる役割を担うということがあります。愛着障害を引きずる人は、いわば親に上手く育ててもらえなかった人です。それゆえ愛着障害を克服する上で、誰かに親代わりになってもらい、育て直してもらう(愛着の再構成)ということになるのですが、実はもう一つ方法があるのです。それが、自分自身が「理想の親」となって、後輩や若い人達を育てるという方法なのです。
アイデンティティの獲得と自立
愛着障害を克服するということは、一人の人間として自立するということです。ここで言う自立とは、独立独歩で人に頼らないという意味ではありません。必要な時には人に頼ることができ(=ヘルプシーキング力)、だからと言って、相手に従属をするのではなく、対等な人間関係を持つことができるということです。
つまり自立の過程とは、自分が周囲に認められ受け入れられる過程であり、同時に、そうした自分に対して「これでいいんだ」と納得する過程でもあるのです。自立が成功するには、この両方のプロセスが、うまく絡みあいながら進んでいく必要があります。どちらか一方だけでは成り立たないのです。
大人の愛着障害の人が、その過程において躓きやすいのは想像に難くありません。何故なら、原点の母子関係において、他者に受け入れられることが上手くいかず、同時に自分自身を受け入れることにも躓いたのです。自分にとって重要な他者を受け入れられるプロセスをもう一度やり直すとともに、自分自身を受け入れられるようになることで、初めて愛着障害の傷跡から回復し、自分らしいアイデンティティを手に入れ、本当の意味での自立を達成することができるのです。
大人の愛着障害は、夫婦関係の維持や子育てに影響しやすいという特性を持ちます。その結果、子どもにしわ寄せがきて、子ども自身の愛着の問題へと繋がっていく可能性があります。そのような負の連鎖を断つためにも、自分のところで愛着障害を克服することが重要になります。愛着障害を克服した人は、特有の輝きを放っています。その輝きは、悲しみを愛する喜びに変えてきたゆえの輝きであり、強さなのでしょう。そこに至るまでは容易な道のりではありませんが、試みる価値が十分にある道のりでもあるのです。
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Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
参考引用文献:岡田尊司著『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』