うつをはじめとした心の病気や症状は、目に見えるものではないため、患者様ご自身にとられても、ゆっくり休んで回復されていかれる「イメージ」を掴みにくいところがあります。そこで、うつを「足の骨折」に例えて考えてみましょう。
Ⅰ.うつで休職するのは、骨折して歩けなくなったような状態
うつになって職場に行けない状態になると、朝起きて活動を始めても、職場に行って仕事をする意欲がどうしても出てきません。その結果、仕事を休まざるを得なくなり「抑うつ状態」「うつ病」などの診断書が発行されるわけですが、この時の状態を足の骨折に例えるのであれば、まさに「骨折が起こったとき」です。
足を骨折してしまった時には、診察とレントゲン検査によって骨の状態が確認され、患部にギブスが巻かれ、そして、自宅での静養が命じられます。骨が折れて歩けないので、回復するまで治療を受け、安静に休息をとる必要があるのです。
うつの場合もおなじように考えてみて下さい。診察や様々な検査で症状を確認してもらい、状態をそれ以上悪化させないための措置を受け、そして静養します。このように、うつの場合も骨折と同じような対応が必要なのです。
骨折では治療のためにギブスをつけたり、手術を行ったりしますが、うつの治療の基本は薬と静養です。うつを治すために薬を服用して休養するのは、ギブスを使って安静を保ち、骨折からの回復を目指すのと同じような意味合いがあるのです。また、薬には骨折部位を治す作用もあります。
ある調査によると、うつ病の方の中には、薬を処方されても飲まない方が一定数いるとされています。しかし、治療上必要な薬が出ているのにそれを飲まないのは、骨折してギブスを中途半端に巻いて過ごすようなものです。つまり、いつ悪化してもおかしくない状態ということになります。治療薬は適切に服用し、その効果を主治医の先生に判定してもらうことが大事です。
ただ、ギブスと薬には違いもあります。ギブスは、レントゲン検査等によって骨折した箇所を特定し、その部位を的確に保護するものです。ですから、不出来な治療になることは余りありません。それに対して、うつの薬は、医師の診立てによって処方されます。診立てが合っていればよいのですが、間違っている場合には、必要のない箇所にギブスを巻いたような状態になってしまいます。
ですから、医師はうつの経過をよく観察しています。患者様も、薬を使っていても効果が感じられない時は、そのことを医師に相談するべきです。うつ、特に軽い症状のうつの診立てはとても難しいものです。医師と患者様がよくコミュニケーションをとり、適切な箇所にギブスが巻けるように治療を進めていかなければならないのです。
Ⅱ.体が修復するまで治療を受け、休養する必要がある
足を骨折した人が元通りの生活に戻るためには、治療とリハビリが必要です。折れてしまった足が修復されるまで治療を続け、そして骨がくっついたら、立つ練習、歩く練習などを少しずつ摂り組み、リハビリを進めていきます。うつの治療も同様です。
骨は折れてもくっつくものです。折れた部位で骨が再生し、自分の身体を修復していくのです。その間、患部を動かさないように固定するのが、ギブスの役割です。ギブスは原則として、骨折した部位の上下の関節を固定します。骨折が治っても、ギブスによって固定されていた関節は以前のようには動かなくなっていて、動かすという機能を取り戻すリハビリが必要なのです。
うつの治療の際、「薬を使わなくても治りますか?」「仕事を休まずに治したいのですが、そういう方法はないのでしょうか?」という質問がよくあります。人間の身体には自然治癒力がありますから、骨折が自然にくっつくのと同じように、うつも治療をしなくても治ることが皆無とは言いません。ただ、ギブスを巻くのと同じで、薬を使い、ストレスから脳を守るという意味で、仕事を休んで休養した方がずっと早く治ることは確かです。
Ⅲ.治療や休養なしでは、うつは治らない?
外国の文献に、うつの自然治癒過程を追った論文があります。薬物療法なしで治療できるかどうか、という研究ですが、その研究では、薬なしでも治るということが報告されていますが、ただし、そのような報告には、治癒まで20年近くかかるというデータもあります。また、他にも「治療しない方がよく治る」と書かれている論文もあります。
うつの治療には様々な研究報告があり、定説がありません。そのような報告があることが、うつの診立ての難しさを表しています。治療の過程は、病気の重症度や、治療を始めるタイミングによっても、当然結果は変わってきます。
いろいろな考え方がありますが、自然治癒力を引き出すように治療やリハビリを進めることは大切であり、うつの場合、そのために最初に出来ることが薬物療法と自宅療養です。そして、当院でも行っているリワークプログラムも、そのような治療に続くリハビリテーションの方法の一つなのです。
Ⅳ.仕事を休まずに治そうとすると、どうなる?
うつの症状が出ていても、仕事を中々休めないという人もいることでしょう。しかし、休養を取らずに働きながらうつを治していくのが、簡単ではありません。
患者様ご自身では、「働きたい」「働かねば」「働ける」と考えていても、うつの症状で頭や身体が思うように動かなくなってしまうこともあります。患者様の中には、大事な打ち合わせの最中に気持ちが急に不安定になられて、泣き出してしまいそうになったという例もあります。そのような状態では、仕事に集中することはできません。ミスも多くなり、上司や同僚の方から休んだ方がよいと言われるようになります。
これは足の骨折で言えば、骨が折れてしまったことが分かっているのに痛みをこらえて走り続けるようなものです。そのままでは早晩、倒れてしまいます。うつの症状が出た時には、そのようなイメージを持って、思い切って休息をとり、自分の身体を大切にして欲しいと思います。
Presented by. 医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医)
★参考・引用文献:五十嵐良雄著『うつの人のリワークガイド』(法研)
★参考HP:『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』(厚生労働省)