「うつ」とは?
「うつ」という言葉がよく使われますが、実はこれは医学用語ではありません。これは2000年代くらいからマスコミの方々が使い始めた言葉です。
憂うつな状態が続いて苦しんでいる人の中には、「うつ病」と診断される人もいれば、「発達障害」などの別の病気と診断される人、特に病名がつかない人もいます。また、悩みがあっても医療機関には行かない人もいるでしょう。
恐らく、マスコミの方々はそのような状況を目の当たりにして、「うつ病」という言葉では括り切れないと判断し、大きく「うつ」と表現したのだと思いますが、これは言い得て妙です。何故なら、うつ病の人も、それ以外の病気の人も、病名が付かない人も、「うつ」があって苦しんでいるのであれば、何らかの対応が必要だからです。
「抑うつ状態」とは?
憂うつな状態のことを「抑うつ状態」と呼びます。他にも、「うつ状態」や「抑うつ」と呼ぶこともあります。これは憂うつな気分や活動性の低下、集中力の低下などの複数の症状がひとかたまりになって現れます。この症状のかたまりを“状態像”と呼びます。そして、状態像による診断を“状態像診断”と言います。抑うつ状態は、うつ病の人にも見られますが、双極性障害(躁うつ病)や発達障害など、他の病気や障害の人にも見られます。
「うつ病」とは?
「うつ病」というのは病名です。気分に影響され、日常生活に支障をきたす「気分障害」の一つで、抑うつ症状が強く、一定の基準を満たした場合に「うつ病」と診断されます。精神疾病の診断基準の『DSM-5』にも定義されていますが、それを分かりやすく要約すると、うつ病の症状として抑うつ気分や興味の減退、不眠・過眠、精神的な焦り、疲労感、気力の減退、無価値観、思考力や集中力の減退、死を何度も考えてしまうこと、等が挙げられます。医師はそのような症状を観察し、診断基準と照らし合わせて、うつ病の診断を下しています。
つまり、「うつ」や「抑うつ状態」は憂うつな状態であり、そのような症状が一定の基準に達して、病気だと診断された状態が「うつ病」ということになります。
医師は「うつ」をどう診ているのでしょうか?
うつ病や適応障害など、様々な病気がありますが、医師(精神科医・心療内科医)は患者様の症状をよく観察しています。
一般に、うつで仕事を休むという人を診察する時には、「抑うつ気分」と「興味や喜びの喪失」があるかどうかを特に注意して観察します。この2つは、うつ病の診断基準で最初に記されている症状です。この2つの症状があち患者様には、憂うつになる、楽しくない、物悲しいといった症状が見られます。それによって出社できなくなったり、出勤できても仕事がてにつかなかったりするわけです。この2つの症状に加えて、「不安が強いかどうか」や「うつや不安が背景にある身体症状が出ているかどうか」を確認します。抑うつと不安の両方がある人もいれば、どちらか一方がある人もいます。うつや不安による身体症状としては、めまいや動悸、息苦しさ、下痢などが見られます。
医師(精神科医・心療内科医)はそのような形で患者様の症状を把握していきます。どんな症状が出ているのか、それはどんな病気に拠るものなのか、と考えていきます。
また、うつの程度(軽症度)は、回復の期間や再発リスクとの関連性は余り見られないことも、医師は経験的に知っています。軽いうつだからと言って、早く治るか否か、再発しないか否かは、一概には言えないのです。
「二次的なうつ」の場合もある
うつの方を診察した際、うつの背景に「うつ病」以外の病気が見られる場合があります。様々な例がありますが、特に昨今多くなってきているのが「双極性Ⅱ型障害(躁うつ病)」と「発達障害」です。この場合、うつだけに対処しても状態は回復しません。中心には一次的な病気があり、うつは二次的に、表面に現れてきているだけだからです。表面的な症状に囚われていては、根本的な問題が解決できないばかりか、うつを繰り返すことになりかねません。
★双極性Ⅱ型障害の場合★
気分が高揚する「躁状態」と気分が落ち込む「抑うつ状態」が交互に現れる病気を「双極性障害」と言います。双極性障害には大きく分けて「Ⅰ型」り「Ⅱ型」があります。双極性Ⅰ型障害は、躁状態は強く現れ、入院治療が必要なくらいに激しい行動をとるタイプです。それに対して、双極性Ⅱ型障害では、躁状態が軽いばかりでなく、期間も短い「軽躁状態」となります。さほど激しい行動は見られず、本人や周りの人ですら軽躁状態だと気付かないことも多いのです。
うつの診察で特に注意したいのは、双極Ⅱ型障害の方です。何故なら、Ⅱ型の場合、本人だけでなく周囲の人も軽躁状態に気付きにくく、うつ病と診断されていることがしばしばあります。しかし、軽躁がある人は、抗うつ薬だけの治療を受けても、状態はなかなか改善しません。うつの発症を繰り返してしまい、結果として、休職と復職を繰り返すことになりがちです。うつの背景に双極性Ⅱ型障害があることを検討しなければ、適切な治療に繋がっていかないのです。
★発達障害がある場合★
「発達障害」は子どもの時から見られる障害です。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)等の分類があり、「コミュケーションが苦手」「こだわりが強い」「落ち着きがない」等といった行動特性が特徴とされますが、それらの特性が子どもの頃からあるものの、さほど目立たないという場合があります。例えば、知的能力が高く、行動特性を補っている場合などです。こういった人では、大人になってコミュニケーション能力などが特に必要とされるようになることで初めて発達障害の存在が分かってくることも少なくありません。このような場合には「大人の発達障害」と呼ぶこともあります。
発達障害は、うつ病や双極性障害、不安症などを伴いやすいことが知られています。発達障害の特性があることによって、仕事や人間関係などに困難を感じ、ストレスから抑うつ状態などになってしまう場合がよくあるのです。この場合も、うつ病の治療だけでは根本的な問題を解決することができません。うつの治療を受けることと並行して、患者様ご本人が発達障害の特性を理解し、その特性にどう対応するのかを考えていくことが大切になります。
…今回ここでは、「双極性Ⅱ型障害(躁うつ病)」と「発達障害」を取り上げましたが、他にも様々な病気によって、うつが引き起こされることがあります。うつの治療を受けていても状態がなかなか回復しない場合には、うつが二次的なものである可能性を考慮することはとても重要なことなのです。
当院(新宿ペリカンこころクリニック)では、ご希望の患者様に、ウェクスラー成人知能検査(WAIS)を施行することが可能な医療機関となっております。ご自身の能力の凸凹の可能性が気になられる患者様、とりわけ発達障害(ASDやADHD)の可能性を危惧されている患者様は、御診察の際に、その旨を当院医師にお申し出頂けましたら幸いです。
また、リワーク(復職支援)プログラム等を通して、患者様のお悩みにお応えできるよう試みております。カウンセリングも行っておりますので、どうぞ気軽にお尋ねください。
Presented by.医療法人社団ペリカン(心療内科・精神科・内科)
監修 佐々木裕人(精神保健指定医・精神科専門医・内科医)
参考引用文献:五十嵐良雄著『うつの人のリワークガイド』(法研)