こころのペリカン便り

Column

【心療内科/精神科名著紹介】 『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」 #8  ~陽性症状と治療関係~

今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の8回目です。

 

 

(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

P25 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー 精神分裂病〔註:統合失調症〕性興奮 

 

観察 一日目

病人は非常に興奮していて、せきこんで話し、話題は次々と飛躍した。

 

二日目

彼女は食べることも飲むことも拒んだが、それは食物や水のなかに毒物や眠剤が混ぜられているのではないかとおそれたからである。

 

(註:エリーの発言)「・・・(前略)そのひと(註:エリーが巫女と呼ぶ白髪の婦人、実際は入院患者と思われる)は壁を通して、私がここでこんなに低い声で話していることもみんな聞いています。」

 

統合失調症の症状は、かなり多岐にわたり、すべてを1つのページで網羅するのは不可能なのですが、なるべくクリアカットに理解しようとすると、陽性症状と陰性症状の分け方がわかりやすいです。

 

陽性症状とは、「「その症状が存在することが異常である」と考えられる症状」(P79 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)のことで、幻覚妄想が代表的です。

幻覚は主に幻聴で、自分を馬鹿にするような言葉が聞こえることが多いです。

妄想は後述しますが、被害妄想が代表的です。

 

そして、幻覚妄想以外の陽性症状として、思考障害があります。

思考障害とは、「病的に損なわれた思考」(P397 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)のことで、これが、観察一日目にみられた「話題は次々と飛躍した」という現象です。

思考障害は、「①形式的思考障害、②思考内容の障害、③思考の主体としての主観的障害」にわけられます(P397 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)が、①の「形式的思考障害」に当たります。

「形式的思考障害」は、思路障害とも呼ばれ、「思路」という言葉から連想される通り、思考の道筋が一貫していないことを指し(特にこれを質的異常ととらえます)し、統合失調症の症状名としては「滅裂思考」と呼ぶことが多いです。

思考が滅裂していて、話が飛び、会話がまとまっていないことを意味します。

 

二日目にみられている言動が、被害妄想を疑います。

被害妄想とは、「他者から嫌がらせをされる、危害を加えられるといった、自分自身が被害を被ることをテーマとする妄想の総称」(P861 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)で、統合失調症で最も一般的にみられる妄想です。

二日目前半の「毒物や眠剤が混ぜられているのではないか」というのは、特に被毒妄想と呼び、ひと昔の統合失調症ではよくみられた症状です。

最近は統合失調症の”軽症化”が言われており(これについては、またいずれ別項で取り上げたいと思います)、あまり見られなくなってきておりますが、特徴的な妄想の1つです。

後半の”周囲に聞かれている”という被害妄想に関しては、現代でも「盗聴器が仕掛けられている」という形に変えて認められます。

「壁を通して」というところにも、万が一実際に白髪の婦人がエリーの会話を聞こうとしてたとしても、普通に考えると物理的に遮断されて聞こえなさそうのにその矛盾には意識が向かない点や、(表現が難しいですが)”跳躍性””飛躍性”を感じさせるところが、やはり統合失調症を考えるポイントとなるかと思います。

 

なお、陰性症状は、「「その症状が欠落していることが異常である」と考えられる症状」(P79 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)で、感情の平板化、行動や会話量の貧困化などが挙げられますが、これに関してもいずれ具体例とともに解説したいと思います。

 

陽性症状の難しい点は、そもそも患者さんご自身が自覚されていないことが多く、治療に結びつきにくいことです。

ご家族や、ましてや治療者がご本人の言動を否定すると、治療関係が築けるはずはありませんので、慎重に慎重を期した対応が必要となります。

しかし、それはもちろん統合失調症の患者さんに限ったことではありません。

常に自省、自戒を自らに課しながら、日々の診療の中で患者さんに向き合ってまいりたいと思います。

 

 

(次回に続きます)