今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の13回目です。
(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)
よろしくお願いいたします。
P54~ 「母なるものの治療的効果」 より
症例 フリーダ 年齢二四歳 精神分裂病、重症緊張型
(註:主治医の発言)「・・・(略)心臓病があるので、ショック療法ができません。」
ここで述べられているショック療法というのは、インスリン・ショック療法のことを指しています。
今では全く行われていない療法ですが、精神科治療の歴史の一端を語るものとして、今回取り上げたいと思います。
インスリン・ショック療法は、オーストリアのザーケル・マンフレート(Sakel Manfred)が、1933年に考案したものです。
インスリンは、血糖降下ホルモンで、血中のブドウ糖を筋肉や脂肪組織等に取り込む作用があります。
ザーケルは、当初モルヒネ依存症や興奮状態の患者さんに少量のインスリンを注射して治療を行っていたようです。
その中で、たまたまインスリンによる低血糖ショックを起こした患者さんが精神状態が落ち着いたことから、この治療法が考案されました。
薬物療法が普及するまで広く行われていましたが、低血糖ショックによる身体への悪影響が大きいことから、現在では行われていません。
早朝覚醒時にインスリンを皮下注射して、人工的に低血糖状態にし、一定時間昏睡状態にして、その後ブドウ糖注射などで覚醒させることを20回程度行い、これを1クールとします。
過去に精神疾患に対して行われたものの、現在は行われていない治療方法は、他にもあります。
有名なものは発熱療法とロボトミーでしょう。
発熱療法は、特にマラリア発熱療法が有名です(他にワクチン発熱療法もありました)。
これは、オーストリアのワグナー・フォン・ヤウレッグ( Wagner von JaureggJ)が1917年に提唱した方法で、一過性の発熱後に進行麻痺が軽快した経験が基になっています。
進行麻痺は、梅毒病原体Treponema pallidumによって起こされる脳の梅毒性疾患(第4期梅毒)で、梅毒感染後数年~数十年の潜伏期を経て発症し、放置すると急速に進行して精神機能等が衰弱し、数年で死亡する疾患で、かつては統合失調症(精神分裂病)、うつ病/躁うつ病、てんかんと並んで4大精神病の1つとされていましたが、現代では稀になりました。
発熱療法は、それまで有効な治療法がなかった進行麻痺にとって当時としては画期的で、彼は最初のノーベル科学賞を授与されています。
マラリアに罹患している患者さんから、マラリア原虫を含む血液を数ml採血し、進行麻痺の患者さんに移植します。
39~41度前後の発熱を1日おきに10回前後反復させて1クールとなります。
発熱療法の終了には、マラリアの治療薬であるキニーネやペニシリンなどを投与します。
ロボトミーは、悪名高いものとして現代でも有名でしょう。
ロボトミー(前頭葉白質切截術)は、精神外科の代表的なものです。
精神外科とは、脳に外科的な侵襲を加えて、精神症状を改善させる治療法です。
ロボトミーは、両側前頭葉を切除するとサルの行動が馴化するというフルトンらの実験結果からポルトガルのエガス・モニス(António Caetano de Abreu Freire Egas Moniz)が1936年に考案しました。
その後、他の医師らによって、種々の術式が生まれています。
統合失調症(精神分裂病)、うつ病、強迫神経症、爆発性人格障害、癌性疼痛などに適用されました。
これらの効果が認められ、モニスは1949年にノーベル医学賞を授与されています。
しかし、当然ながら、この治療法は非可逆性で、術後に自発性低下、人格平板化、感情低下などの大きな人格変化が生じることや、薬物療法の台頭から、現在では行われなくなりました。
モニスは、その後、65歳のとき自身の患者に銃撃されて脊髄を損傷し、身体障害者になりました。
なお、ロボトミーを受けた有名な人物として、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの妹である、ローズマリー・ケネディがいます。
現代の精神科医療が、過去の歴史の上に成り立っていることを忘れないでいることが大切でしょう。
(次回に続きます)