こころのペリカン便り

Column

【心療内科/精神科名著紹介】 『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」 #12

今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の12回目です。

 

 

(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

P33/34 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー 

 

十日目

 

彼女は興奮していなかったし、私にすがりついたり広言したりしようとしなかったが、しかし自分の内的体験と葛藤に完全に没入していた。それはあたかも自我がもはや闘いを放棄し、震撼させるような絶望的な外界への備え(Besetzung)をひっこめてしまい、無意識の内容によって反乱されてしまっているようであった。

 

十一日目

 

彼女はぶっ通しに非常に集中して内面的に体験しつづけていた。彼女は完全に外界に背を向けていた。こんな風なのにもかかわらず彼女は私を認めて反応したが、しかし私が関係をしっかり保つことに努めないと、すぐさま自分の世界にひき返してゆくのだった。

 

 

エリーは、外界との接触を拒み、内的な世界に閉じこもろうとしています。

このような現象を「自閉 Autism」といいます。

今回は自閉について、解説していきます。

 

 

自閉を最初に唱えたのは、オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)という、スイスの精神科医です。

ブロイラーは、スキゾフレニア(独:Schizophrenie、英:Schizophrenia、日:精神分裂病→統合失調症)という語を作った方です。

それまでクレペリン(エミール・クレペリン(Emil Kraepelin))が早発痴呆という言葉を用いていましたが、それを統合失調症に変えたは他でもないブロイラーでした。

クレペリンは、統合失調症に関して時間軸を重視し、思春期に発症し、徐々に進行して最終的には人格荒廃となる経過をもって診断していました。

一方のブロイラーは、横断的な症状を重視し、”ブロイラーの4つのA”を基本症状であると定めました。

”4つのA”とは、1.連合弛緩 Assoziationslockerung 2.感情障害 Affektstörung 3.自閉 Autismus 4.両価性 Ambivalenz を指します。

このうち、特に思考障害(連合障害)と自閉を重視しました。

ブロイラーは、精神分析の祖であるジークムント・フロイト(独: Sigmund Freud)と関わりが深いのですが、ブロイラーは統合失調症の理解にフロイトによる精神分析の考えを援用しています。

 

自閉に関して、ウジェーヌ・ミンコフスキー(Eugène Minkowski)は、「現実との生きた接触の喪失(perte du contact vital avec la réalité)」という表現をしています。

この表現の通り、外界から自己を守るためにあえて自分だけの世界に閉じこもろうとし、接触する場合もダメージが最小限になるように自分が許せる接触方法でのみ外界とつながり、外界との生の(live)相互作用のある交流は受け入れようとしません。

なお、ミンコフスキーは、自閉にも「貧しい自閉(autisme pauvre)」と「豊かな自閉(autism riche)」があり、自閉の多様性、複雑性を述べています。

 

 

「自閉」とは別に「自閉症(Autism)」という言葉がありますが、これはまた別のものです。

「自閉症」を提唱したのはレオ・カナー(Leo Kanner)という精神科医ですが、カナーは、言語発達能力や社会性に重度の障害が認められる幼児たちがいるのを発見し、「早期幼児自閉症」という用語で発表しました。

カナーが用いたAutism(e)は、ブロイラーが使用した「自閉(Autismus)」から来ています。

また、ハンス・アスペルガー(Hans Asperger)が、「自閉的精神病質」という言葉を提唱しましたが、そのときも”Autistiche Psychopathen”という語を使用しており、やはり自閉が本質であるとしています。

統合失調症の「自閉」と自閉症の「自閉」の相違は、精神医学にとって重要なテーマです。

 

シュヴィングからエリーに対して関わっている間はまだ2人はつながっているようですが、それが持続することはなく、またエリーの側からシュヴィングに働きかける様子もみられず、シュヴィングも悲しみを覚えているように感じます。

シュヴィングをもってしても容易でない「自閉」の壁の厚さに、悔しさと同時に、統合失調症の、ひいては人のこころの深淵さを感じます。

 

 

(次回に続きます)