今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の6回目です。
(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)
よろしくお願いいたします。
P21 「関係性はいかにして確立されるか」 より
症例 ドラ 二二歳
・・・(前略)彼女ははじめて突然独りになりたいという深い切望に圧倒されるようになった。彼女はそれを”放浪の衝動”と呼んでいる。もはや彼女ははっきりと考えることも思いめぐらすこともできなくなって、ふいに路上に立っている自分を見出すのだった。
・・・(前略)彼女はあてもなく五、六日うろうろし・・・(中略)・・・ある町の路上でふいに我にかえった。
ドラは「貧乏な両親の十七番目の子供」で、出生後まもなく里子に出されました。
そこでろくに食べ物も与えられず、しょっちゅう叩かれる生活を送っていました。
十四歳のとき、母親によって里親から連れ出され、売春宿に入れられました。
なんとかそこから逃げ出し、パン屋の女中として働き始めたものの、そこでもひどい扱いを受けました。
このようなあまりに壮絶で悲しい日々の中で、彼女は”放浪の衝動”を覚えるに至ったのでした。
ここではドラの全体像をご紹介できないので、彼女の診断名は保留としておきますが、上記の引用文の部分だけで言えば、起きているのは「解離性健忘」「解離性遁走」が考えられます。
そもそも「解離」とはなんでしょうか。
解離とは、「Janet Pによって「意識が外傷的事象を切り離す」という意味で使用された概念にほぼ相当する」もの(P140 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)、あるいは「過去の記憶、同一性と直接的感覚、および身体運動のコントロールの間の正常な統合が部分的あるいは完全に失われる」こと(P 162 ICD-10 医学書院 より)です。
これだと全くわからないですが、単純に言うと「こころが自身を辛い体験等から守るためにその記憶等を切り離すメカニズム」を指します。
こころが自身を守ることを防衛、そしてその一連のメカニズムを防衛機制(Defense mechanism)と言います。
防衛機制は、フロイト(Freud S)が提唱者となり、精神療法(≒カウンセリング)の中心的存在の精神分析の中核をなす概念です。
防衛機制には、主なものに退行、反動形成、隔離、打ち消し、投影、とり入れ、同一化、自己への向け換え、逆転、昇華などがあります。
防衛機制そのものは、すべての人のこころが持っている自然な力で、病的なものではありません。
ただ、それの使い方によっては、結果として”症状”という現実世界で不都合な事態が生じることがあります。
この考え方は、身体疾患で言うところの、免疫/自己免疫性疾患と似ているでしょう。
免疫自体は、身体が持っている、感染から自己を守るための防衛システムです、これがうまく作動している間はよいのですが、あるとき矛先を菌・ウイルス等の外敵から自己の肉体に向け、これによって引き起こされるものが自己免疫疾患です。
解離も、その防衛機制の1つで、小さいものであれば、実は私たち自身が気づかないだけで日常の中で起きています。
例えば、何かに夢中になっていて、その時周囲で起きていたことの記憶がないといったことがありますが、これも解離の1つです。
この程度であれば問題はないですが、その記憶がない時間や程度が大きくなってくると、日常生活、社会生活に支障をきたすことになります。
それが「解離性健忘」です。
解離性健忘は、「自分の身に起こった出来事や個人的な情報の記憶が突然失われ、その背景に解離の機制が考えれる」(P141 現代精神医学事典 第1版 より)、「最近の重要な出来事の記憶喪失であり、器質的な精神障害に起因せず、通常の物忘れや疲労では説明できないほどに強い」もの(P164 ICD-10 医学書院 より)とされます。
多くは、災害、事故、予想外の死別、暴行、虐待、監禁、戦争(戦闘状態)などが関与するとされます。
健忘の持続期間は数分程度から数日間以上とかなり幅があります。
健忘の内容は、後になって思い出されることが多いですが、長い間隠されたままのこともあります。
その間の本人の様子は、必ずしも具合が悪そうには見えず、周囲からはあまり異変に気付かれないこともあります。
それもあって、後日当時のことが話題になった際に、本人は記憶がないのに、周囲は当然覚えていると思っているため齟齬が生じ、トラブルが生じることがあります。
若年者の特に女性に多く、高齢者ではまれとされます。
なお、詐病との鑑別は非常に難しいとされ、繰り返しの診察とそれによる動機(利得)の有無の確認が必要となります。
遁走は、「逃げ出すこと。逃がれ去ること。逃走 」という意味で(goo 国語辞書 より)、特に精神医学においてはほぼこの解離性遁走のときのみ使用される言葉です。
英語でFuge(フーグ)と言います。
解離性遁走(Dissociative fugue)は、「自宅や仕事場からある日突然飛び出し(遁走)、その際に自分自身についての記憶や同一性についての混乱が生じており、背景に解離の機制が考えられる状態」(P142 現代精神医学事典 第1版 より)、「解離性健忘のすべての病像を備え、それに加えて患者は明らかに意図的に、家庭や職場から離れる旅をし、その期間中は自らの身辺管理は保たれている」(P165 ICD-10 医学書院 より)もので、一言で言うと”解離による放浪”です。
通常は数日以内で自宅に戻ってくるとされますが、まれに長期にわたることもあり、その場合は新しい環境で新しい生活を送ることもあります。
ある日突然解かれ、その間の記憶は戻らないままのことも少なくありません。
遁走先は、本人に何かしら関連性があり、思い出など情緒的な意味を有している場所であることがあります。
その間の様子も、解離性健忘時と同様に、周囲からは正常に映ることがあります。
ドラが、「独りになりたいという深い切望に圧倒されるように」なり、解離性健忘、解離性遁走が起きたのも無理はないでしょう。
患者さんの治療においても、そうならざるを得なかった背景に思いを馳せながら、向き合い援助していくことが大切と思います。
(次回に続きます)