《PMSとは?》
月経前症候群(premenstrual syndrome : PMS)といい、月経の3日~14日前ごろから種々の精神的、身体的症状が出現し、月経の開始とともに自然に軽快するのを繰り返すという現象です。
月経前に認められることが多い精神症状としては、情緒不安定で不安な気持ちにかられ涙したり、逆に何もなくてもいらいらする、思考力が集中力が低下する、というものです。
身体症状としては、頭痛、下腹部痛、腰痛、食欲の乱れ(食思不振または過食)、眠気、倦怠感、のぼせ、発汗、乳房の疼痛や膨張感、むくみなどがあります。
頻度としては、いらいら、のぼせ、下腹部膨満感、下腹痛、腰痛が多いというデータがあります。
月経の前日から3,4日前から始まることが多いですが、2週間ほど前から起こる人もいます。
そして、月経が始めると急速に軽快する、というのが特徴です。
そして、1回だけで収まることなく、次回の月経以降も繰り返します。
PMSに悩まされている女性は実は多く、月経のある女性の20~50%、研究によっては70~80%にみられるとされます。
米国産科婦人科学会が診断基準を発表しています。
〔PMSの診断基準〕
1)(現在から)過去3回の月経周期で、月経開始前5日間に以下の身体症状と精神症状が各々1つ以上ある
身体症状:乳房の疼痛 腹部膨満感 頭痛 手足のむくみ 精神症状:抑うつ気分 怒りっぽい いらいら 不安 情緒不安定 社会からのひきこもり 2)1)の症状が月経開始後4日以内に消失、かつ月経13日目まで症状がみられない 3)薬物やアルコールによる症状ではない 4)受診開始後3か月以上、症状が持続している 5)社会的あるいは経済的な支障をきたしている |
つまり、過去3回以上の月経において、月経前後約4~5日間に、上記の身体症状と精神症状が各々1つ以上あり、かつ他に原因はなく、それが受診開始後3か月以上持続しており、学校や仕事にマイナスが生じていれば、診断可能としています。
《PMDDとは?》
一方のPMDDとは、月経前不快気分障害(Premenstrual Dysphoric Disorder:PMDD)といい、特に月経前の気分の落ち込みが重症で、日常生活に支障をきたす状態になっているものを指します。
世界的にも、DSM-5になって、PMDDが正式に1つの疾患として認定されました。
PMSのより重症のタイプですが、診断上は別の疾患として扱われます。
DSM-5の診断基準を記載します。
PMSの診断基準と期間などは似ていますが、必要とされる症状がより重くなっています。
〔PMDD〕
A.ほとんどの月経周期において、月経開始前最終週に少なくとも5つの症状が認められ、月経開始数日以内に軽快し始め、月経終了後の週には最小限になるか消失する。
B.以下の症状のうち、1つまたはそれ以上が存在する。 (1)著しい感情の不安定性(例:気分変動;突然悲しくなる、または涙もろくなる、または拒絶に対する敏感さの亢進) (2)著しいいらだたしさ、怒り、または対人関係の摩擦の増加 (3)著しい抑うつ気分、絶望感、または自己批判的思考 (4)著しい不安、緊張、および/または“高ぶっている”とか“いらだっている”という感覚 C.さらに、以下の症状のうち1つ(またはそれ以上)が存在し、上記基準Bの症状と合わせると、症状は5つ以上になる。 (1)通常の活動(例:仕事、学校、友人、趣味)における興味の減退 (2)集中困難の感覚 (3)倦怠感、易疲労性、または気力の著しい欠如 (4)食欲の著しい変化、過食、または特定の食物への渇望 (5)過眠または不眠 (6)圧倒される、または制御不能という感じ (7)他の身体症状、例えば、乳房の圧痛または膨脹、関節痛または筋肉痛、“膨らんでいる”感覚、体重増加 注:基準A~Cの症状は、先行する1年間のほとんどの月経周期で満たされていなければならない。 D.症状は、臨床的に意味のある苦痛をもたらしたり、仕事、学校、通常の社会活動または他者との関係を妨げたりする(例:社会活動の回避;仕事、学校、または家庭における生産性や能率の低下)。 E.この障害は、他の障害、例えばうつ病、パニック症、持続性抑うつ障害(気分変調症)、またはパーソナリティ障害の単なる症状の増悪ではない(これらの障害はいずれも併存する可能性はあるが)。 F.基準Aは、2回以上の症状周期にわたり、前方視的に行われる毎日の評価により確認される(注:診断は、この確認に先立ち、前提的に下されてもよい)。 G.症状は、物質(例:乱用薬物、医薬品、その他の治療)や、他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症)の生理学的作用によるものではない。 |
DSM-5の記述と解説を記載します。
「典型的には、症状は月経開始前後に頂点に達する。
→症状は、月経開始時期に最も重くなります。
月経中の初めの数日間に症状が遷延するのはまれではないが、月経開始のあと、卵胞期に無症状期間がなければならない。
→ずっと症状が持続するのではなく、症状がなくなる時期がなければなりません。
中核症状は、気分と不安の症状を含んでいるが、行動および身体の症状も普通は生じる。
しかし、身体および/または行動の症状があっても、気分および/または不安に関する症状がなければ、診断は不十分である。
→精神症状は必須で、身体・行動症状もみられるのが一般的です。
症状は、抑うつエピソードや全般不安症などの他の精神疾患に匹敵するほどの重症度(持続期間には当てはまらない)である。
→精神症状の程度自体は(いわゆる)うつ病や神経症レベルになります。
暫定診断を確定するためには、2回以上の症状周期における毎日の前方視的症状評価が必要である。
→初診時に暫定診断は可能ですが、確定するには2回以上の月経時の症状出現を確認する必要があります。
月経前後の黄体期後期における妄想や幻覚に関する記述もあるが、このような症状はまれである。
→妄想(被害妄想など)や幻覚(幻聴など)がみられる場合は、別の疾患である可能性が高くなります。
月経前期は自殺の危険性が高まるかと考える者もいる。
→時に消えてしまいたいという思いにかられる人もいます。
閉経が近づくにつれて症状が増悪したことを報告する人も多い。
→閉経に至る中でホルモンバランスが変わり、症状が悪化する人もいます。
閉経後、症状は消失するが、周期的ホルモン補充療法は症状再燃の引き金となり得る。」
→閉経すると通常は軽快しますが、(別の理由で)ホルモン補充療法を受けている人は、症状が再び悪化することがあります。
《重症度分類》
The premenstrual symptoms screening tool (PSST) があります。
(※日本語訳は院長の独自の訳です。)
《月経前症状のスクリーニングツール(PSST)》
1.月経の1週間前から月経中の症状
①気分の落ち込み ②不安、緊張 ③涙もろい、情緒不安定 ④イライラ、怒りっぽい ⑤意欲低下:勉強、仕事、家事ができない ⑥集中できない ⑦倦怠感 ⑧食欲亢進 ⑨睡眠障害(不眠、眠気) ⑩感情の起伏をコントロールできない ⑪身体症状(乳房の張り、痛み、腹痛、筋肉痛、関節痛、腹部膨満感、むくみ、体重増加) |
2.日常生活への影響度
A.勉強、仕事の効率 B.学校や職場での人間関係 C. 家族や恋人との関係 D. 趣味や余暇活動 E. 家事全般 |
1.及び2.について、「なし」「軽度」「中等度」「重度」の4段階で評価する
中等度PMS:1.の5項目以上が「中等度」以上(①~④の1つ以上が「中等度」以上) A.~E.の1項目以上が「中等度」 重度PMS:1.の5項目以上が「中等度」以上(①~④の1つ以上が「中等度」以上) A.~E.の1項目以上が「重度」 PMDD:1.の5項目以上が「中等度」以上(①~④の1つ以上が「重度」) A.~E.の1項目以上が「重度」 |
《原因》
正確な原因は、まだ不明です。
現在のところ、卵巣ホルモンの変動が最も有力な仮説となっています。
卵巣ホルモンは、月経前に最も大きく変動します。
エストロゲンは、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミン神経系の機能を低下させる酵素を抑制することで、気分の高揚が起こると考えられています。
また、むくみや体重増加、食欲亢進といったことにも関与しています。
プロゲステロンは、GABA神経の機能を強めます。
エストロゲン、プロゲステロンが(その人にとって)適切に分泌されないと、この影響度が強くなり、各種の身体、精神症状をきたすと考えられています。
《治療》
軽度の場合:
重症度分類の表で、軽症のPMSが定義されていませんが、それは軽症は積極的治療の対象ではないと考えられいるためで、主に生活指導などが行われます。
睡眠がホルモンバランスには重要であるため良質な睡眠を得るための指導や、有酸素運動の推奨、タバコやコーヒーなどの制限、ビタミン、カルシウムなどの摂取などが挙げられます。
中等度以上の場合:
薬物療法が行われる。薬物療法には、抗うつ薬、漢方薬、ピルなどが挙げられる。
・抗うつ薬
とくに精神症状には、もっとも効果があるとされています。
代表的な抗うつ薬は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors, SSRI)です。
神経伝達物質であるセロトニンの再取り込みを阻害することで、セロトニンを相対的の増加させ、気分の落ち込みなどを改善します。
日本で処方可能なものとしては、セルトラリン(ジェイゾロフト)、パロキセチン(パキシル)、エスシタロプラム(レクサプロ)が、 有効性があるというデータがあります。
その他にも、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitors; SNRI)、三環系抗うつ薬などがあります。
また抗不安薬もあります。
・漢方薬には、当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、女神散、抑肝散加陳皮半夏などがあります。
《当帰芍薬散》
比較的体力の低下した成人女性で、冷え性で貧血傾向があり、性周期に伴って軽度の浮腫、腹痛等を呈する場合に用いられます。
・全身倦怠感、四肢冷感、頭痛、めまい、耳鳴り、肩こり、心悸亢進など
・無月経、過多月経、月経困難など
・妊娠中、分娩後の諸症状
《加味逍遥散》
比較的虚弱で、疲労しやすく、精神不安、不眠、イライラなどの症状がある場合に用いられます。
・肩こり、頭痛、めまい、上半身の灼熱感、発作性の発汗など
・心窩部・季肋部(肋骨の下)に軽度の痛みがある
・性周期に関連して症状が出やすい
《桂枝茯苓丸》
体力は中等度以上で、のぼせて赤ら顔で、下腹部に痛みのある場合に用いられます。
・頭痛、肩こり、めまい、のぼせ、足の冷えなど
・無月経、過多月経、月経困難などがある
《桃核承気湯》
瘀血(おけつ;東洋医学の概念で、現代医学でいう静脈系のうっ血、出血などに関連する病態を指し、婦人科疾患や出血性疾患などが該当する)に対する代表的な処方の1つです。
・体力が充実していて、のぼせ、頭痛、めまい、不眠、不安、興奮など
・月経不順、月経困難、便秘など
《女神散》
体力は中等度以上で、のぼせ、めまい、頭痛、動悸、腰痛、不眠、不安などある場合に用いられます。
産前、産後、流産後、月経異常がある場合に処方されることがあります。
《抑肝散加陳皮半夏》
比較的体力がなく、神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れない、また眼瞼(まぶた)、顔面、手足のけいれんなどがある場合に用いられます。
ピル
現在のところ、当院では取り扱いがありませんが、代表的なものとしてマーベロン、トリキュラー、ヤーズなどがあります。